【64】
見落とすなんて事は、あり得ない。
長年幸子を見続けてきた僕が、幸子の魅惑的な存在感に気付かないわけがないのだ。
卒業式が終わって、僕達卒業生が先に退場した時もしっかり確認した。
だが、やはり幸子の姿は何処にも無かった。
それに何といっても1番の心配事は、杉浦も卒業式に姿を現さなかった事だ。
体育館から教室に戻っても、杉浦の姿は無い。
結局、杉浦が戻らないまま下校時間になった。
周りも杉浦が居ない事を話題にしていたが、それ以上詮索する者はいなかった。
杉浦に対する周囲の評判は最悪なのだから、当然かもしれない。
そして、最も今知りたいのは幸子の現況だ。
とりあえず駐車場に幸子の車が無かったのは確認したので、もう家に帰っているかもしれない。
僕は薄い望みと思いながらも、幸子の無事を祈った・・・。
「洋太、帰るぞ!」
晶と一緒に下校する帰り道も、今日で最後だ。
数日後には、晶も家を離れる。
本当は懐かしむ会話でもしたいが、今はそんな気分ではない。
すると、晶が気になる発言をした。
「杉浦は、何で卒業式に出なかったんだろうな。
朝は学校に居たのに。」
「うっ、うん。そうだね。」
「でも、卒業式が始まる前に杉浦を見たって奴がいたらしいけどな。」
「えっ!?どっ、何処で?」
「体育館に入る時だよ。
玄関で、何かしてたってさ。
その後、すぐ卒業式が始まって体育館に入ったから何をしてたかは分からなかったみたいだけどな。」
体育館に入場する前といえば、廊下で幸子と会話をした後だ。
一体、玄関で何をしていたのか・・・。
「そういえば、俺の母さんも居なかったかもしんないな。」
「えっ!?そっ、そうだっけ?」
「うん、多分ずっと居なかった。」
「・・・あれ、おかしいなぁ。
確か途中で見たと思ったけど。」
「えっ、そうか?
まぁ、別にいいんだけどさぁ。」
ここは、嘘をついてもいいだろう。
もしかしたら、幸子は本当に途中で居た可能性だってある。
「後で、うちに来るか?」
「・・・あぁ、ごめん。
今日は、用事があるんだ。」
晶の家に、行く気にはなれなかった。
もしも僕の嫌な予感が的中しているとしたら、幸子とどんな顔で会えばいいか分からないからだ。
僕は家に帰ると放心状態になり、ただ無駄に時間が流れた。
高校を卒業して、これから新しい人生が始まる日々を意気揚々と迎えるはずだった。
しかし、高校最後の日で再び憂鬱な気分に襲われてしまった。
今回は、さすがに杉浦に問い質す勇気もない。
嫌な予感が現実になるのを、僕は恐れているのだ。
ところがその日の夜、事態は最悪なものとなってしまった・・・。
晩御飯を食べ終えて、僕は自分の部屋に居た。
すると、携帯電話が鳴った。
メールの着信音だ。
恐らく、晶だろう。
晶がこの町を離れる前に、会う約束をしていたのだ。
その日時の、打ち合わせに違いない。
だが、そのメールの相手は晶ではなかった。
僕が今1番会いたい様で会いたくない人物、杉浦だった。
※元投稿はこちら >>