【63】
僕の視界に入ってきた人物は、間違いなく杉浦だ。
何処へ行ったのかと思えば、まさかあんな所に居たとは・・・。
一体、何の用があって幸子の元へ行ったのだろう。
考えたくはないが、嫌な予感しかしない。
まさか、息子の晶が卒業する事に対して祝い言を伝えに行ったわけではないだろう。
それは幸子の険しい表情、そして杉浦の淫らな笑みが物語っている。
杉浦は何かを言いながら、幸子に近付いた。
もちろん、幸子は警戒している。
伊藤と同等の嫌悪感を示しているのだから、当然の反応だ。
それに、幸子は伊藤の淫醜行為を止めたのが杉浦だとは知らない。
伊藤が自然に何もしてこなくなった、そう思っているはずだ。
伊藤自身が警察に発覚するのを恐れた為に止めたのでは、とでも思っているに違いない。
だから、いくら息子と同い年とはいっても幸子にとっては杉浦も淫獣と同じなのだ。
自身の下着を嗅いで舐め回す光景を目撃した時の衝撃は、未だに忘れられないのだろう。
ましてや、杉浦とは久しぶりの対面かもしれない。
警戒せずにはいられないはずだ。
そんな幸子に、杉浦は無遠慮に近付くとある物を見せた。
杉浦の携帯電話の様だ。
するとその瞬間、幸子は驚愕的な表情に一変した。
携帯電話の画面に何か写っている様だが、僕の位置からでは確認出来ない。
だが幸子の様子を見る限りでは、消して微笑ましい内容ではないだろう。
凍りついた様に強張った表情をする幸子に、杉浦は何か話した。
ここからでは、どんな会話をしているのか全く分からない。
僕は、食い入るように2人の情勢を見詰めた。
しかし、こんな時に校内アナウンスが流れた。
卒業生と在校生は体育館へ集まる様に、という指示だった。
「洋太、行こうぜ。」
「あっ・・・うっ、うん。」
晶に言われて、僕はその場を離れるしかなかった。
2人の様子を、晶には見せられないからだ。
杉浦が何を考えているのかは分からないが、晶に少しでも悟られてはいけない。
僕は、皆と体育館へ向かった。
体育館へ続く廊下、そこに着いた時にはもう2人の姿は無かった・・・。
もしかしたら、ただ会話をしていただけなのかもしれない。
幸子に淫らな欲望は抱いているが妄想の中だけ、杉浦は僕にそう言っていたのだ。
恩人を疑う様な真似は、止めよう。
平穏な日常を希求する僕は、杉浦を信じる事にした。
卒業生は合図があってから体育館へ入場となる為、僕達は廊下で待機していた。
やはり、杉浦の姿は無い。
どこかモヤモヤした感覚に襲われながら、入場の合図があり卒業式は始まった。
およそ3時間弱、12時が迫ろうとした頃に卒業式は終了した。
予定時間は少々過ぎたが、卒業式は順調に進み滞りなく終えた。
卒業生や親の中には泣く者もいたり、感動的で良い卒業式だっただろう。
でも、残念ながら僕にとっては感動に浸る余裕など無かった。
卒業式が始まって入場した時から、気掛かりな事態は起こっていた。
卒業式会場は後ろに保護者、その前が在校生、1番前が卒業生という席順だ。
中央の通路を進んで席に座るのだが、僕はそこで気付いてしまったのだ。
保護者席に、幸子の姿が無い事に・・・。
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