【62】
卒業生の教室は3階で、僕の席は窓際だった。
その席だと、窓から玄関がよく見える。
僕の親や顔見知りの親も、玄関に入っていく。
すると、待ちに待った人物が僕の視界に飛び込んできた。
緩やかなウェーブがかかり、ボリューム感のある茶褐色の髪が肩まで伸びている。
それでいて、今日は化粧や口紅が少し濃い目という事もあり、気が強そうな表情は更に際立っていた。
間違いなく、幸子だ。
だが、その幸子の姿に僕は驚いた。
上半身が濃紺のスーツ、中には白のYシャツ。
下半身がスーツとセットになった同色の濃紺スカート、中はベージュのストッキング。
靴は、黒い光沢を放つハイヒール。
つま先が尖り、これも気が強い性格の幸子を一際引き立たせている。
そう、この姿は幸子が初めて伊藤に犯された時の服装だ。
あの時は、面接に行く為の正装だった。
今日も息子の卒業式なのだから、この様な服装を着用するのは当然だろう。
しかし、てっきり僕は捨てているものだとばかり思っていた。
この服装だと、嫌な記憶を思い出してしまうのでは・・・。
そう考えるのが普通だが、どうやら僕は幸子の気丈さを見誤っていたのかもしれない。
あくまで僕の推測だが、新しいスーツを買う事は犯されたという事実に負けてしまうと思ったのではないだろうか。
あんな辛い事実にも屈しない、幸子の強い意志の表れではないだろうか。
そうでなければ、わざわざあの時と同じ服装など身に纏いたくはないはずだ。
気が強くて勝ち気な幸子であれば、そんな結論に至っても不思議ではない。
でも、僕にとっては幸子が犯された時の光景を思い出してしまう姿だ。
どうしても、勃起を抑えきれない。
スーツの上からでも確認出来る豊乳、同じくスカートの上から主張する豊満な肉尻。
いつもと変わらぬ極上の美貌と肉付きは、健在だ。
他の父親や玄関先で案内をする男性教師達も、幸子に浴びせる視線は卑猥に見える。
やはり、他の男達も幸子の魅惑的な容姿に釘付けだ。
そんな男達など気にも留めない幸子は、校舎内へと入っていった。
玄関から真っ直ぐに廊下を進むと、卒業式を行う体育館がある。
僕の席からだと、その廊下にある窓も見えた。
割と大きな窓なので幸子が通るのも確認できると思い、僕はその窓を凝視した。
すると、ハイヒールからスリッパに履き替えた幸子が歩いてきた。
息子の卒業式という事で、幸子の表情も晴れやかに見える。
きっと幸子の今の心情は、子供が巣立っていく寂しさと喜びが入り交じっているのだろう。
母として、子供の成長を頼もしくも感じているに違いない。
だが、そんな感慨に浸る幸子を阻害する存在が、無情にも現れるのだった。
幸子も、異変にはすぐ気付いた。
表情が険しくなり、足を止めたのだ。
幸子の視線の先に、誰かが居る事は分かった。
そして、それが招かれざる人物だという事も・・・。
僕は、瞬時にある人物が頭に浮かんだ。
幸子があんな厳然とした表情をする相手といえば、伊藤しかいない。
まさか、わざわざ息子の卒業式という日に幸子を弄ぼうと現れたのだろうか・・・。
しかし、伊藤が幸子に接触するのは禁じられているはずだ。
実際、杉浦の脅迫によって幸子には近づいていない様だし、最近の幸子の様子からもそれは確認出来た。
では、何故幸子の前に現れたのだろう。
幸子に対する淫欲には勝てず、後先考えずにやってきたという事なのか。
だとすれば、納得も出来る。
幸子の魅惑的な雰囲気に、冷静さなど存在しないという事だ。
やはり、僕が不安視していた事態が起きてしまった。
伊藤はまだ幸子を諦めていなかった、まだ幸子を犯し続けるつもりなのだ。
すると、幸子が後退りする様な動きを見せた。
伊藤が、近付いてきた様だ。
廊下の窓にはまだ伊藤の姿が見えていなかったが、これで確認出来そうだ。
ところが、そこに現れたのは伊藤ではなかった。
僕と幸子を救った恩人、杉浦だったのだ。
※元投稿はこちら >>