【61】
この春から、僕は地元での就職が決まっていた。
しかし、晶は地元を離れる事となった。
希望する職種が、県外にある為だ。
幼少期からの親友が居なくなるのは、やはり寂しい。
でも、僕は親友の夢を応援する事にした。
幸子が平穏な生活に戻った事もあり、晶に対して罪悪感というかモヤモヤした感情は薄れていたので気持ちよく送り出せそうだ。
それから、晶に聞いた話では幸子も4月から働きに出るらしい。
昨年、アルバイトとして働く予定だった喫茶店だ。
あんな事があって1度は断ってしまったが、また幸子に話があった様だ。
今回は、面接なども無かったらしい。
子供も自立し、ようやく幸子も自分だけの時間が増えて、これからは充実した日々になるだろう。
ちなみに、杉浦も僕と同じく地元企業に就職が決まっている。
しかも、その会社名は野田土木興業。
幸子の夫、由英が勤める会社だったのだ。
この田舎町の中では1、2を争う大企業と言えるだろう。
肉体労働だけに、杉浦の様な体型をした人物は重宝されるらしい。
とはいえ、そんな会社に就職出来たのだから素直に祝福するべきだろう。
もちろん、幸子の夫が勤める会社に就職した事には何の意図も無いと信じたいが・・・。
そんな事を考えながら、僕は卒業式前日の学校にいた。
学生生活もこれで終わりかと思うと、感慨深くなる。
明日で最後という事もあり、同級生と昔の出来事を懐かしげに話し合った。
だが、その中に1人だけ姿が見えない事に気付いた。
救世主ともいうべき存在、杉浦だ。
登校時には居たので、欠席ではないし早退もしていないはずだ。
すると、何処に居たのか杉浦が戻ってきた。
「あれ、何処に行ってたの?」
「明日の準備だよ。
・・・明日は、俺の記念すべき日になるからな。」
明日の準備とは、卒業式の事だろうか。
しかし、卒業生が会場の準備をするわけがない。
卒業式とは別に、何か予定でもあるのだろう。
その時の僕は、深く考えなかった・・・。
翌日、遂に学生生活の最終日を迎えた。
3年間着たブレザーとも、今日でお別れだ。
将来への期待もあるが、まだ学生でいたい。
名残惜しい思いを抱きながら、僕は家を出た。
今日は卒業式なので、僕の親も出席する予定だ。
当然だが晶の母、幸子も出席する。
卒業式の予定は、9時から11時半くらいまでの2時間半程度らしい。
学校へ着き、卒業式が始まるまでは教室で待機だ。
教室に入ると、既に杉浦も居た。
僕は、杉浦に声を掛けた。
「おはよう。」
「・・・あぁ。」
「・・・・・。」
「おう、洋太。遅かったな。」
「あっ、おはよう。」
晶が、声を掛けてきた。
晶とこの教室で会話をするのも、今日が最後だ。
僕は、晶や他の同級生達との会話を楽しんだ。
その後、担任教師もやってきて朝のホームルームが始まった。
しばらくしてホームルームが終わると、卒業式までは自由時間だ。
当たり前の様に、賑やかな空間に包まれた。
男子の悪ノリした遊び、女子のはしゃぐ声はいつも通りだ。
皆、和気あいあいとした雰囲気で会話をしている。
でも、また一人足りない事に僕は気付いた。
やはり、杉浦だ。
先程までは、確かに居た。
昨日も、何処かへ行っていた様だが・・・。
トイレにでも行っているに違いない。
そう思いながらも、何故か僕は妙な胸騒ぎがしてならなかった。
ここ最近の杉浦の行動や様子は別人の様に大人しいものだったが、昨日から怪しい雰囲気を醸し出している事に僕は気付いていたのだ。
そして、それが以前まで感じられた淫獣の危険な香りだという事にも・・・。
とはいえ、まさか卒業式という門出を祝う清新な日に何か企んでいるなんて、いくら何でも考え過ぎだ。
僕は、雑念を振り払う様に友人達と談笑した。
しかし、僕の嫌な予感は的中する事になる・・・。
そうこうしている内に、卒業式の時刻が迫ってくると卒業生の親が続々とやってきた。
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