【22】
操作方法は、伊藤から何度もしつこく聞かされた。
僕は言われた通り操作し、録画ボタンを押して伊藤が僅かに上げたブラインドの隙間から、撮影を開始した。
その隙間は、丁度ビデオカメラのレンズが納まる位の僅かなものだが、中の様子は確認出来る。
しかし、家の中からはよく注視して見ないと分からないだろう。
恐らく、幸子は気付かない。
むしろ、伊藤の存在が気になって周りを確認する余裕は無いはずだ。
僕は、バクバクッという心臓音が聴こえそうな程緊張しながら、レンズ越しから中の様子を見守った。
僕にとっては何度も見た馴染みのある場所、台所だ。
いつもご飯を食べさせてもらう場所が、この台所なのだ。
そして台所の窓側、つまり僕が盗撮しているすぐ近くにはテーブルがある。
椅子が4つあり、僕はここで幸子が作ってくれた料理を何度も食べた。
どうしても、そんな記憶を思い出してしまう。
僕は、それ以上思い出さない様にした。
僕から見える景色は、左に居間がある。
正面奥には廊下があり、更にその奥に玄関が見える。
そもそも、伊藤が台所を指定したのには理由があった。
まず、僕にビデオカメラで盗撮を指示したのは、もちろん伊藤だ。
だが、幸子に気付かれずに盗撮するには外からでなければいけない。
伊藤は、家の間取りや内観を僕から聞き出した。
そこで出した答えが、台所の窓だった。
本来なら居間が1番無難だが、そこは盗撮には不向きなのが分かった。
居間の窓にはレースカーテンが掛けられているし、何より窓が大きい。
レースカーテンを何かに引っ掛けるなりして下に隙間を開ける事は出来るかもしれないが、窓が地面近くまである大きさなので僕の隠れる場所が無いのだ。
幸子が伊藤を警戒して周りに気を配る事が難しいとはいえ、さすがにリスクが大きすぎる。
僕の存在が幸子に気付かれるのは伊藤にとってどうでもいい事だが、盗撮出来ないのは伊藤にとって大問題なのだ。
その結果、台所の窓のブラインドを伊藤が上げて隙間を作る作戦が最適となったわけだ。
それにしても、ここまでは全て伊藤の思惑通りに進んでいる。
このまま、伊藤の計画が成功してしまうのだろうか・・・。
その伊藤は、台所の椅子に座っていた。
幸子は、冷蔵庫の扉を丁度開けた瞬間だ。
扉側に、お茶と水のペットボトルがある。
一瞬お茶を掴みかけたが、水を選んだ。
こんな男には、お茶を出すのも勿体無いという事だろう。
更に冷蔵庫の扉を閉めて流し台に持っていくと、その水を紙コップに注ぎ入れた。
家にあるコップを、伊藤なんかに使いたくないという意思が伝わってくる。
幸子は、本当に伊藤を嫌悪している。
紙コップに水を注いだ幸子は、伊藤の元へ持ってきた。
「・・・どうぞ。」
無愛想な表情の幸子だが、伊藤はそれすら楽しんでいる様だ。
「いや、すいませんね。
それじゃあ遠慮なく。」
伊藤は、一気に水を飲み干した。
「あぁ、美味い!
奥さんが入れてくれた水だから尚更美味いなぁ。」
伊藤は、幸子に媚でも売るかの様に話した。
しかし、幸子はそんな発言を無視して言い放った。
「飲み終わりました?
では、私はこれから私用がありますので。」
普通の客人なら、幸子もこんな失礼な対応はしないだろう。
これ以上は関わりたくないという、幸子の強い意思表示なのかもしれない。
だが伊藤に、引き下がる気など微塵も無いのだ。
※元投稿はこちら >>