【21】
「もちろん奥さんはまだ若くてお綺麗な方だから、1人の時に男を家に上げるのは抵抗があるかもしれない。
でも、今は1人じゃないはずだ。」
「えっ?」
「だって、この靴は息子さんのじゃないですか?
息子さんも居るんでしょう?」
確かに玄関には若者が履くスニーカーがあり、晶の靴で間違いなかった。
「えっ、えぇ。そうですけど・・・。」
「では、ちょっとだけお邪魔しても問題ありませんよね。
息子さんが居れば安心でしょう?」
伊藤のあまりにしつこさに幸子はうんざりした表情を見せ、何も発する事が出来なかった。
幸子の心情を察すると、当然だろう。
すると、更に伊藤は幸子にある提案をした。
「もちろん、長居するつもりはありません。
1杯だけご馳走になったらすぐに帰りますよ、喉が渇いてるだけなんだから。
それならどうです?」
すぐに帰る、その言葉に幸子は反応した。
伊藤の提案に、幸子は遂に妥協した様だ。
本当なら、面接があるから時間が無いという言い訳があったはずだ。
だが、そうしなかったのは伊藤がそれで食い下がるわけがないと思ったからだろう。
この男は、どのみち何らかの理由をつけて家に上がろうとする。
それなら、いっそのこと要求を飲んだ方が早いと幸子は考えたのかもしれない。
それに、面接がある等のプライベートな事もあまり教えたくもないのだろう。
幸子は、仕方なく伊藤を家に上げる事にした。
「・・・本当にすぐ帰るんですね?」
幸子が折れた事が分かり、伊藤はすぐに返答した。
「もちろん!1杯ご馳走になって、満足したら帰りますよ!
・・・満足したら、ね。」
幸子は溜め息を吐くと、嫌々招き入れた。
「・・・じゃあどうぞ、上がってください。」
「いやぁ、何か強引にお願いしたみたいで悪いなぁ。
では、お邪魔します。」
白々しい事を言いながら、伊藤は家に上がった。
すると、伊藤は続けざまに言った。
「あっ、そこの台所のテーブルでいただこうかな?」
今日は暑いからなのか、台所の扉は開けている様だ。
その為、玄関からでも台所が確認出来る。
図々しく場所の指定までする伊藤に苛立ちを隠せない幸子だったが、とにかく早く出ていってほしい為か素直に応じた。
伊藤に背を向け、先導する幸子。
その幸子を追い掛ける様に付いていく伊藤が、スカートの後ろのスリットから垣間見えるストッキング越しのムッチリ太ももと、スカートの上からでも確認出来る突き出た肉尻に淫らな視線を送りながら怪しく笑って僕に目配せした事に、幸子は気付いていなかった。
幸子と伊藤が玄関から消え、姿が見えなくなったのを確認した僕は、急いで敷地内へ入った。
塀と家の間をなるべく足音を立てない様に進むと、目的の場所へと着いた。
後は、伊藤の合図を待つだけ。
僕は、中の様子を窺おうと壁に耳を押し当てた。
「ほぅ、立派な家だなぁ。
私の家とは大違いだ。」
伊藤の下品な笑い声と共に、そんな言葉が聞こえてきた。
そして、僕の目の前のある物が動いた。
窓のブラインドだ。
僕は、その窓下に隠れていたのだ。
ブラインドは少しだけ上がると、止まった。
「ちょっと、勝手に触らないでください!」
幸子の怒鳴り声が響いた。
「いやいや、申し訳無い。
物珍しかったもので。」
「そこに座っててください!」
伊藤に家の物を触られるのも、不愉快なのだろう。
とはいえ、これが伊藤の合図だった。
不本意だが、準備に取り掛からなければいけない。
(もう、後戻りは出来ない。)
何度も何度も、自分に言い聞かせた。
しかし、やはり取り返しのつかない事態になるという罪悪感で、僕は動けずにいた。
すると、僕の心情を見透かしていたかの様に、ブラインドが僅かに開いた。
そこから、伊藤の鋭い眼光が僕を睨み付けていたのだ。
それが何を物語っているのか、考えるまでも無い。
伊藤は、静かにブラインドを閉めた。
ここまできたら、もうやるしかない。
(・・・こうなる運命だったんだ。)
無理矢理、そう自分に言い聞かせてそれ以外は考えない様にした。
そして、僕は先ほど伊藤から手渡された物に目をやった。
その手渡された物とは、ビデオカメラだ。
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