【114】
「杉浦君、遅いですね。
大丈夫かな。」
自分の妻がどんな目に遭わされているかも知らず、由英は心配していた。
「町長を持たせるなんて、困った奴だ。
よろしければ、うちの車で送りましょうか?
そろそろ迎えに来ると思うし、その方が早いですよ。」
「・・・いや、せっかくだけどもう少し待とうかな。
彼が、どうしても送迎をやらせてくれって言ってたしね。
なかなか、根性がある若者なんじゃないか。」
「えぇ、息子と同級生なんですけどよく働いてますよ。」
「・・・そうですか?」
どうやら、社内では由英の前だけ真面目に働いている様だ。
そして今の会話で初めて知ったが、杉浦は野田の送迎を自ら買って出たらしい。
確かに野田と一緒に来た事は疑問だったので、これで納得した。
しかし、何故わざわざそんな事をするのだろう。
町長である野田に、媚を売る。
普通はそう考えるのが妥当だが、杉浦には何か別の狙いがある気がしてならないのだ・・・。
そうこうしているうちに、残りの男達にも向かいの車がやってきた。
「では、我々はこれで失礼します。
町長、また一杯やりましょうね。」
野田に媚びへつらう男達が去り、騒がしかった客間は一気に物寂しくなった。
だが、野田は上機嫌だった。
「ふぅ・・・今夜は、久しぶりに飲みすぎたな。
やっぱり、牧元君達の事務所は陽気で面白いよ。
これなら、会社も安泰だ。」
やはり、今夜集まったのは野田土木興業の全社員ではなかった。
僕の記憶では、確か30人程は居たはずだ。
支所が3ヶ所に分かれ、10人程ずつ配属されていると聞いた事がある。
今夜集まったのは、その内の1ヶ所の支所に属する男達だ。
更に、そこの責任者が由英なのだ。
「ありがとうございます。
会社の為に、もっと精進します。」
由英も、悪い気はしない様だ。
すると、食べ終えた皿や空き瓶などを片付けに幸子が客間にやってきた。
野田も、幸子が現れたのを確認した。
「・・・いやぁ、しかし奥さんが招待してると聞いた時は嬉しかったなぁ。
料理も美味しかったし、今夜は本当に最高の気分だよ。」
「・・・いえ、喜んでいただけて光栄ですわ。」
「妻が、急に言い出したんですよ。
今までお世話になったんだから、町長就任のお祝いをしようって。」
由英も野田も、この宴会は幸子の発案だと思い込んでいる。
もちろん、杉浦と幸子の関係性に気づかない者なら当然だ。
「そうか・・・正に、才色兼備とは奥さんの為にある言葉だ。
牧元君が羨ましいよ・・・本当に。」
「まぁ、料理を作るのは好きみたいでこういう時は助かります。
でも、気が強いのが玉に瑕なんですけどね。」
「ちょっと、余計な事は言わなくていいのよ。」
皮肉を言いながらも由英は幸子を愛し、幸子も由英を愛しているのがよく感じ取れる。
幸子が、どんなに淫獣に犯されても気丈でいられる理由が分かった気がした。
しかし、その光景には不相応な視線が存在する事に僕は気付いていた・・・。
杉浦は、まだトイレから戻っていない。
その視線はすぐ目の前に居る人物からで、幸子に送られていた。
今夜の主役でもあり、町民から全幅の信頼を得て就任した新町長、野田だ。
もちろん、卑猥な感情なのは言うまでもない。
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