【103】
時刻は、夜7時を回ろうとしていた。
夏間近という事もあり、辺りもまだ完全に暗闇ではない。
とはいえ、この時間帯に外を出歩く者はさすがに居なかった。
居るとすれば、それは僕だけだろう。
今の心境を語るなら、憂鬱しかない。
足取りは重く、これから向かう場所へは出来れば行きたくなかった。
こんな感覚に陥る状況は、昨年の町内運動会の日以来だ。
あの時は、幸子が犯されるかもしれないという憂慮に襲われていた。
そして、今回も・・・。
苦悩しながら、僕は気が晴れないまま進んだ。
すると、いつの間にか目的地に着いてしまった。
もちろん、幸子の家だ。
そう、僕は久しぶりに幸子と顔を合わせなければいけないのだ。
この場所へ来るのも、約3ヶ月になる。
周りの風景は、以前と何一つ変わっていない様だ。
だが、家の中から漏れてくる声で今日は少しだけ様子が違うのだという事が分かる。
何故なら、その声が複数聞こえてきたからだ。
しかも、楽しげで盛り上がっているのが外からでも確認出来た。
本来、晶が居なくなったのだから家には幸子と由英だけなのだが、今夜は特別な事情があるのだ。
僕も、今からこの中に加わらなければいけない。
一層の事このまま帰ってしまいたいが、やはりそれは許されないだろう・・・。
何度か躊躇を繰り返した僕は、遂に決断して家の中へと入っていった。
「・・・お邪魔します。」
か細い僕の声は、騒がしい声で掻き消されそうだ。
出来れば、聞こえないでほしいという思いもあっただろう。
しかし、気付いてほしくない人物に僕の声は届いていた。
「洋太、いらっしゃい。
久しぶりね、待ってたわよ。」
台所から、幸子が現れたのだ。
「うっ、うん。」
僕は、幸子の顔を直視する事が出来ずに思わず目を逸らしてしまった。
だが、幸子は構わず僕に話し掛けてくる。
「しばらく見ない間に、随分男らしくなったんじゃない?
もしかして、彼女でも出来たのかしら?」
「いっ、いや・・・そういうのはまだ、かな。」
少しからかう様な口調は、まだ僕に目を掛けている証拠だ。
幸子にとって、僕は幼少期から変わらなく映っているのかもしれない。
そして、意外にも幸子が元気そうな事はその口振りで伝わった。
一安心した僕は、幸子の顔に目をやった。
しかし、幸子の表情は全てを物語っていたのだ。
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