【96】
晶が旅立ってから約1ヶ月、気付けば4月中旬にもなっていた。
社会人になって半月ほど経ったが、まだ慣れない事が多すぎる。
もうしばらくは、この忙しい生活が続きそうだ。
晶とは、何度か電話でお互いの近況報告をしている。
当然だが、慣れない一人暮らしと仕事で大変みたいだ。
とはいえ、親友関係は相変わらず良好といっていいだろう。
離ればなれでも、男の友情の絆は健在だ。
・・・・・幸子の現況に関しては、全く不明だった。
晶が居なくなってからというよりも、卒業式の日に目撃してからは1度も見ていない。
3月中は仕事の準備が忙しく、4月からは働き始めた為に幸子の様子を気にする余裕が無かった。
実際、その通りだ。
仕事日以外の休日は、疲れた体を休めなければいけない。
それだけで、精一杯なのだ。
しかし、本当は仕事を理由にして幸子がどんな辛い日々を送っているのか考えるのが恐ろしかった事にも、自分自身気付いていた。
恐らく、何事も無ければ4月から近くの喫茶店でアルバイトをしているはずだが・・・。
晶との電話では、幸子の話題は出てこなかった。
僕から聞く勇気も無かったし、正直幸子の話を避けていた。
だが、便りがないのは無事な証拠とも言う。
もしかしたら、僕が考えている様な事態には起こっていないのかもしれない。
普段通り、勝気な表情で迫り来る淫獣共を寄せ付けず、平穏な日常を送っているのではないだろうか。
僕は、そう自分を都合よく納得させていたのだ。
そして、更に数日が経った。
今日は日曜日で、仕事も休みだ。
晶の職場も日曜日が休みという事もあり、昨夜も電話をしていた。
お互いの仕事の近況や愚痴、それからどうでもいい話などで盛り上がった。
深夜まで続いた長電話の影響で、目が覚めたのは昼過ぎ。
家族は外出し、家には誰も居ない様だ。
適当に食事を済ませようと、僕は台所へ向かった。
すると、ちょうど来客がやってきた。
どうやら、宅急便らしい。
小さなダンボール箱で、あまり大きな物ではなさそうだ。
僕には思い当たる記憶が無いので、恐らく家族の物だろう。
ところが、届け先の氏名欄には僕の名前が書かれていたのだ。
差出人の氏名欄を見てみると、牧元晶と書かれていた。
「おっ!」
僕は、思わず喜びに似た声を上げた。
とはいえ、晶がいきなり何かを送ってくる理由が分からない。
昨夜の電話では、そんな話をしていなかった。
驚かせるつもりにしても、少しおかしい。
晶の性格なら、分かりやすい素振りをして伏線を張るはずだ。
こういった事をする時、晶はいつもそうだった。
だからこそ、突然の送り物に疑問を感じずにはいられなかった。
それに、他にも違和感がある。
差出人の住所欄に、何も書かれていないのだ。
驚かせるつもりなら、名前も書かないはず。
名前は書いているのに住所は書かない、晶にしてはお粗末なサプライズだ。
更に、何より引っかかったのはその文字が悪筆だった事だ。
何度も晶の文字を見てきたが、晶は割と達筆な方と言えるだろう。
この字体は、間違いなく晶のものではない。
僕は、段々と嫌な予感がしてきた。
こんな不気味な事をする人物に、1人だけ心当たりがあるからだ。
だとすれば、その人物は晶の住所を知らないはずだから住所を書かなかったのも納得がいく。
もしそうだとしたら、箱の中身は何なのか・・・。
一瞬だけ躊躇したが、僕は思い切って箱を開けた。
「・・・・・。」
僕の嫌な予感は、現実となった。
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