【13】
運動会は、午前から始まるからだ。
幸子も参加するなら、1時に家を出るのはおかしい。
用事があって遅れて参加する人もたまにいるらしいが、幸子がそんな事をするとは思えなかった。
何故なら、幸子の性格上ありえないからだ。
この運動会は、強制ではないといっても半強制の行事だ。
もし参加しなかった場合、周りの反感を買ってしまうのだ。
特に強制参加の地域で不参加となれば、非難の的にもなるらしい。
その中でもタチが悪いのが、おばちゃん連中なんだとか。
しばらくは目の敵にされ、近所の井戸端会議でも会話の中心はそういった内容ばかりだそうだ。
田舎町では、こんな暇なおばちゃん連中ばかりだ。
だから幸子が不参加、もしくは遅れるというのは考えられなかった。
幸子は、近所のおばちゃん連中にも負けないほど気が強い。
不参加で色々と陰口を叩かれるのは、幸子のプライドが許さないはず。
その為、幸子は毎年参加していたのだ。
そんな幸子が不参加とは、一体どうしたというのだろう。
僕は、平静を装って晶に聞いた。
「お母さん、出ないの?」
「あれ、言ってなかったっけ?
母さん、面接があるんだってさ。」
「面接!?何の?」
幸子の突然の近況に、僕は驚いた。
「そんなに驚かなくてもいいだろ。
仕事の面接だよ。っていってもパートだから大して稼げないらしいけどな。
ほら、○○って喫茶店あるだろ?
そこで、忙しい昼の時間帯だけなんだってさ。」
○○とは、車で10分程の所にある喫茶店だ。
しかし、どうしていきなり働こうと思ったのだろう。
別に、生活に不自由はないはずだ。
由英の稼ぎも良さそうだし、だから幸子も今まで専業主婦でも問題なかったのだ。
それなのに、何故なのか。
「ほら、俺達も来年社会人だろ?
もう子育ても終了って事で、自分の小遣い程度でもいいから働いて稼ごうと思ったんだとさ。」
つまり、これからは自分の時間を自由に使いたいという事なのだろう。
「本当はさぁ、男の店長いるじゃん。
その店長から忙しい時間だけって事で頼んできたらしいんだけど、そこの奥さんがそういうのうるさいみたいでさ。
形式だけでも面接はしたほうがいいって話になったんだって。」
「へっ、へぇ。」
「それで、店側が来週の日曜の昼じゃないと都合つかないらしいんだよ。
普段は稼ぎ時だけど、運動会に行く人が多いからその日は毎年暇みたいでさぁ。
面接時間は、1時半だったかな。
だから1時位にお前の家に寄って、○○の家に行くって事でよろしく。」
幸子が働きに出れば、家に遊びに来ても幸子はいない。
僕は、少し切なくなった。
だからこそ、さっき盗んだ幸子の下着をたっぷりと堪能しなければいけない。
(・・・もう、いいだろう。)
帰ってもおかしくない時間になった。
「さて、そろそろ遅くなったし帰ろうかな。」
「えっ、まだいいだろ。」
「ん~、今日はもう帰るよ。
ちょっと眠くなってきたし。」
一刻も早く、幸子の下着を回収したい。
僕は、少し強引に晶に別れを告げて部屋を出た。
急いで玄関まで行き、靴も急いで履いた。
すると、外に出ようとした僕は幸子に呼び止められたのだった。
「あっ、洋太。」
まさか、下着を盗んだ事がバレてしまったのだろうか。
僕は、体から一気に汗が噴き出してきたのを確認した。
「一応、胃腸薬持っていきなさい。
治ったならそれでいいから。」
「うっ、うん。ありがとう。」
僕は薬を受け取ると、玄関を出た。
やっぱり、怪しんではいない様だ。
申し訳無い気持ちはあるが、今はそれ所ではない。
僕は、そのまま家の周りを進んだ。
砂利が敷いてあるので音を立てられないが、何とか急いで洗面所の前に着いた。
後はビニール袋を回収して、速やかに撤収だ。
だが、僕はすぐ異変に気づいた。
(あれ、ここに落としたはずだよな・・・。)
窓下に落としたはずのビニール袋が、見当たらないではないか。
辺りも血眼になって探したが、やはり何処にも無い。
一体どういう事なのか、僕は頭が混乱した。
この状況で考えられる可能性は、何だろう。
(犬や猫が食べ物と勘違いして、持っていってしまった?
・・・まさか、幸子に気付かれた!?)
僕は、最悪の事態を覚悟した。
しかし、それ以上の最悪な事態が起こったのは次の瞬間だった。
「・・・おい。」
いきなり後ろから呼び掛けられ、僕は動揺で体が硬直した。
もう終わりだ、僕の頭の中は絶望感で一杯だった。
だが、その声の主に僕は疑問を持った。
男の声だという事はすぐに気付き、瞬間的に由英だと思ったが違う様だ。
もちろん、晶のものでもない。
僕は、ゆっくりと後ろを振り返った。
すると、そこにいたのは明らかに場違いな人物、伊藤の姿だった。
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