【94】
数時間後、目覚めると改めて現実を突きつけられた。
昨夜、杉浦が持ってきたディスクが目に入ったからだ。
あの映像は、紛れもない現実だ。
せっかく初仕事の日まで半月程あり、有意義に過ごそうと思っていたのに何もする気になれなかった。
もしかしたら、この半月は毎日ただ時間だけが過ぎているかもしれない。
そんな矢先、僕の携帯電話が鳴った。
画面を見ると、その相手は晶だった。
(・・・まずい。)
僕の、正直な心情だ。
一瞬躊躇ったが、無視するわけにもいかない。
晶は、一週間後には引っ越すのだ。
初仕事日までは日程に余裕があるが、早く引っ越し先の雰囲気に慣れたいらしい。
取り返しのつかない事態になってしまったが、晶は幼少期から何度も遊んで過ごしてきた親友だ。
就職すれば、以前の様に会う事も少なくなるだろう。
僕は、電話に出た。
内容は、これから僕の家に遊びに来るというものだった。
もしも、晶が自分の家に招こうとしていたら迷わず断っただろう。
もちろん、幸子に会いたくないからだ・・・。
数分後、晶が遊びに来た。
当然だが、ディスクは絶対に気付かれない場所に隠した。
さすがに、見つかる心配は無いだろう。
僕達は、早速いつもの様にテレビゲームを始めた。
テレビゲームをしながら他愛もない話をする、これもいつもの光景だ。
まだ荷造りなども終えていない為、引っ越し前はほとんど会えないらしい。
名残惜しくもあるが、親友の門出を快く見送ろう。
無意識の内に感傷に浸り、しんみりとした空間が流れた。
しかし、晶の言葉で僕は無情な現実に戻されるのだった。
「あっ、そうだ。
やっぱりさぁ、お前の言った通り母さん途中までは居たらしいな。」
「えっ?」
「昨日、帰ってから聞いたんだよ。
具合が悪くなったから、途中で帰ったんだってさ。
息子の卒業式の日に具合悪くなるか、普通?」
いきなりだが、あの後の幸子の様子を知った。
やはり、すぐ家に帰っていたらしい。
しかも、幸子を途中で見たと適当に誤魔化した僕の言葉も偶然だが上手くいった様だ。
いや、偶然というよりも晶にはそう言わざるを得なかったのだ。
本当は何があったのか、そんな事など言えるわけがない。
だが、晶の口ぶりから察すると幸子は思ったほどの動揺を見せていないのだろうか。
どうやら、幸子の気丈な性格は健在らしい。
ところが、案の定状況は思わしくない事を知らされた。
「・・・でもさ、具合が悪いって言っておきながら俺が帰った時はシャワー浴びてたんだぜ?」
「えっ?」
「結構、長かったな。
それでようやく風呂場から上がってきたと思ったら、具合が悪くなって途中で帰ったって言うだろ。
具合が悪いのに、シャワー浴びる必要あるか?」
「ハハッ・・・。」
僕は、空笑いして平静を装った。
「まぁ、でも顔を見たら本当に辛そうだったけどさ。
結局、その後は寝込んじゃったんだけど。
・・・・・そういえば、前にも同じ様な事があったな。
ほら、去年の運動会の時だったか。
母さんが運動会を休んで、喫茶店の面接に行った日だよ。
俺は杉浦の家に行って・・・お前は来なかったけどさ。
俺が家に戻ってきたら、具合が悪いからって面接にも行かないで寝込んでたんだ。」
「あっ、あぁ・・・そうだったっけ?」
「あの時もシャワーを浴びてから寝込んでたって、父さんが言ってたんだよな。
今回と似てるから、何か気になるんだけど・・・どう思う?」
「どっ、どうって?」
「俺も居なくなるし、やっぱり心配はするだろ。
本当に、具合が悪いだけなのかなってさ。
原因が、他にあるのかもしれねぇじゃん。」
もちろん、僕はそれを否定した。
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