【12】
僕は、気持ちを落ち着かせると洗面所を出た。
すると、同じタイミングで居間のスライドドアが開いた。
「あら、洋太。また腹痛?大丈夫?」
そう話し掛けてきたのは、幸子だ。
あまりにいきなりの登場に、僕は動揺を隠せなかった。
「えっ?いやっ、その・・・。」
おかしな態度をとれば、怪しまれてしまう。
とはいえ、なかなかこの状況で平常心を保つのは無理だった。
だが、この状況をある人物が救った。
「洋太、晩御飯に変なもの食べたんじゃないか?」
笑いながら話し掛けてきたのは、由英だ。
「失礼ね、あなたも食べたじゃない。」
幸子も、笑いながら由英に返した。
こういった何気無い会話から、2人の仲睦まじい様子がよく分かる。
「本当に大丈夫?
胃腸薬ならあるのよ。」
「だっ、大丈夫。もう治ったみたいだから。」
幸子の優しさに、僕はとんでもない事をしてしまったと罪悪感を感じずにはいられなかった。
「そう、ならいいけど。
・・・あっ、そうだ。洗濯し忘れてたんだったわ。」
幸子のその言葉に、僕は再び動揺した。
やはり忘れていただけで、もう少し計画が遅れていたら見つかっていたのだ。
幸子が洗面所に入っていくのを見届けて、僕は足早に晶の部屋へ戻った。
部屋に戻ってからは、心ここにあらずだった。
警戒されていないとはいえ、下着が無い事に気付けば怪しまれるかもしれない。
早く下着を回収して帰りたかったが、まだ普段より時間が早すぎた。
いつも通り帰るなら、あと30分はいた方がいいだろう。
こんな時だからこそ、普段と同じ行動をした方が安全だと考えたのだ。
すると、ゲームをしながら晶が幸子に関する情報を話し始めた。
「そういえば運動会の時さぁ、今年は○○の家だったよな?」
「えっ?あぁ、うん。」
○○は、同じ地区に住む友人だ。
僕と晶の家からは少し離れていて、徒歩でも30分はかかる。
そして運動会というのは、この町で毎年行われている運動会の事だ。
町内の、各地域ごとに分かれた数チームの対抗戦。
交流を深める為という名目で、随分前から行われている町の行事だ。
意外と参加者は多いのだが、もちろんそれには理由があった。
実際、ほとんどの人は参加したがらない。
しかし、この町の中では大きなイベントだけに盛り上がらなければ意味が無い。
そこで町役場が提案したのは、毎年1つの地域の町民が強制参加するというルールだった。
つまり、1年ずつ強制参加しなければいけない地域を設けて参加人数を増やそうという魂胆だ。
役場は強制ではないと言っているらしいが、事実上の強制参加というわけだ。
そんなしょうもないイベントが、来週の日曜日に行われる。
しかも、毎年近くの運動場で開催しているのだ。
更に、今年は僕達の地域が強制参加らしい。
だが、僕と晶や○○も毎年参加していないし今年も参加するつもりはなかった。
中学生になった辺りから、参加するのを止めたのだ。
思春期真っ只中の僕達が、そんな町の行事に参加するなんて馬鹿馬鹿しすぎる。
僕達の親も、反対はしなかった。
強制参加とはいっても、大人達が対象というのが暗黙の了解だそうだ。
それで、僕達はいつの間にか1年ごとに自分達の家で遊ぶ事になっていたのだった。
一昨年は僕の家、昨年は晶の家、今年は○○の家というわけだ。
「じゃあ、昼の1時位に行こうぜ。
母さんもその時間帯に出るみたいだし。」
「えっ?」
僕は、その言葉に反応せずにはいられなかった。
※元投稿はこちら >>