朝ぼらけの中に長野原の分岐点に差し掛かる。小さな矢印の看板に志賀高原の表記がブルーに白抜きの文字が見て取れる。
志賀高原を通るのか?と思いつつ、さほど広くもない側道を右にハンドルを切った。
まだ薄暗い山里はネオンの街路灯が所々に眠そうに、ボンヤリ照らすだけで中途半端な時間には、車のハロゲンのヘットライトの光をジャマするだけに感じた。
車を走らせながら、つらつら思う処この若さであっても自分の生き様を顧みる事がある。
雑誌のカメラマンなんて言う職業は、果たして一生の糧として食べて行ける職業か?時間の対価か作品の評価か、はたまた努力、勤勉の対しての貨幣価値が有るのか?
少し眠い脳裏の中に、いつもの堂々巡りを繰り返す。
東の空がしらじらとした頃、林道扱いのその道は落ち葉の厚い絨毯で赤、橙、紫の色に敷き詰められ、朝の秋光の木漏れ日にまるで生きてるかの如く
錦秋の聞こえもしないコンッチェルトを奏でているようだ。
感じたまま、その素敵な画像をカメラに収め4ページの特集記事の片隅のスパイスに張り付けようと・・・
つづく
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