日曜日の朝。『ユウっ、車出せるぅ~?』、家にいた僕に、姉からの電話です。この日は、練習には参加をする予定はありませんでした。
グランドに行ってみると、そこには姉達の姿はなく、小学生のサッカーチームが練習をしています。寄ってきた姉が、『ダブったわぁ。』と説明をくれました。
打合せのミスで、今日はグランドが使えないようです。そこで、ある会社のグランドを借りて練習をするようですが、ここから5キロほど離れています。
自転車で来られているママさんもいることから、僕の8人乗りのミニバンの登場となるのです。バス代わりですわぁ。
車にみなさんの道具を積み終え、7人のママさんが僕の車に乗り込んで来ます。その時、姉が『彩ちゃん、となり乗ってやってよ。』と吉岡さんに言うのです。
『こいつ、絶対に彩ちゃんに気があるから~。我慢して乗ってやって~。』と頼むのです。彼女も『喜んでいいんよねぇ?』と言いながら、隣に座ります。
姉と監督の清水さんは、僕のすぐ後ろに座ったようです。
もちろん道中もからかわれます。『彩ちゃん、可愛いやろ~。』『こんなお姉さんがお好み~?』とみんなにからかわれ、顔が真っ赤になってしまうのです。
吉岡さんからも、『ほんとぉ~…?お姉さんのこと好きぃ~…?』と小悪魔的な顔で言われてしまい、とても彼女の方を見ることが出来ません。
おかげでバスの中は盛り上がってしまい、アッという間に5キロを走りきってしまうのでした。
2時間後。練習を終え、また小学校のグランドまで戻って来ました。そこでそれぞれが解散となります。吉岡さんも自転車に乗って帰って行きます。
そんな時、姉から『ユウっ、あんた監督さんのところまで行きっ。すぐそこやから。』と言われます。
監督の清水さんもこの近くだそうで、400mくらいのところに住んでいるそうです。いつも徒歩でやって来ていますが、なかなかの道具の量なのです。
もちろん、監督さんは断りました。しかし、『気にせんと、送らせたらいいんですよ~。』と姉がいい、車のドアを締めてしまうのでした。
車は2分で監督さんの家に着きました。そこは小さな一戸建てのおうちで、築40年ってところでしょうか。
小さな庭の隅に、道具を入れるシャッター付の物置きがあって、そこへ全部仕舞います。『兄ちゃん、ありがとなぁ~。』と言われ、僕は去ることにします。
しかし、『兄ちゃん、時間くらいあるやろ~。お茶飲んで帰り~やぁ。』と誘われてしまうのです。『いや、いいです。』とは言えず、招かれてしまいます。
平屋の小さなおうちでした。中も狭く、僕は居間へと通されました。家の中は、とてもきれいに整理整頓がされています。
あんなぶっきらぼうな監督さんですから、少し思っていたイメージと違いました。監督さんは奥へと向かいます。
練習のジャージを着替えているようです。僕はと言えば、居間に部屋干しをされた彼女の洗濯物に目が移っています。
そこにはジャージや普段着の他に、上下の下着のセットも見えています。母も平気で干していますが、やはり母のものとは違い、少し気になってしまうのです。
清水さんが着替えて戻って来ました。監督さんのジャージ姿しか知らない僕は、ブラウスにスカート姿で現れた彼女に少し驚きます。
まあ、それでも『おばさん。』ってイメージには変わりはありませんが。監督さんは、すぐに部屋干しをしている洗濯物に気がつきます。
『うわぁ~、パンツ吊ったままやったわぁ~。恥ずかしいのぉ~。』と言いますが、取り込むことはしませんでした。
僕のために、コーヒーを優先させたのです。しかし、それでも下着を気にされるあたりは、この人は女性なのです。
コーヒーが配られ、監督さんもテーブルに腰掛けます。すぐに、『姉ちゃん、泣いてたか?』と聞かれました。先週の練習試合の惨敗の件です。
しかし、その日午前中に練習を終えた姉が帰宅したのは、午後4時近かったのです。帰って来た姉は、平気な顔をしていました。
それでも、『悔しかったみたいですよ。』とウソをついて、姉をかばうのです。
しはらく、監督さんとチームのことを話していましたが、『ところで兄ちゃん。お前、吉岡ちゃんに惚れてるんかぁ~?』と話がズレ始めます。
『違いますよぉ~。そんなんじゃないってぇ~。』と言ってごまかしますが、とても隠しきれていません。
『まあ、本当は男子禁制なんやから。気いつけや。いかんのよぉ~。』と聞かされるのです。
知りませんでした。あのソフトボール部、男の参加は禁止のようです。みなさんママさんなため、男で問題が起こるのを避けているのです。
『さぁ~、兄ちゃんの目の抱擁にされたらいかんわぁ~。』と言い、監督さんが洗濯物を取り込み始めます。やはり、本人恥ずかしいのです。
そして、『まあ、おばさんパンツじゃ、抱擁にもならんかぁ~。』と笑って話す清水さん。しかし、『そんなことないですよ~。』と笑って言ってあげます。
それには、『アホかぁ~!』と言って答えた彼女。しかし、その彼女に僕は何かを感じるのです。
普段はぶっきらぼうで男勝りな監督さんですが、なんだろ?この慣れてない返し方は。同じ返しでも、吉岡さんやみなさんのそれとは違うのです。
55歳の女性として、主婦としての何かが足らないのです。そして、
『監督さん、ご結婚は?』
そう聞いてみます。『私かぁ~?独身やわぁ~。こんな女に誰が寄ってきてくれるんやぁ~。』と笑って答えてくれました。やはり、そうでした。
監督さんには『女』というパーツが絶対的に足らないのです。他のママさんと違い、主婦をしていないぶん、女としての対応力が欠けているのです。
僕の中のイメージは膨らみます。
『きっと男性経験は乏しい。』
『男のような振る舞いは、幸せをつかんだ女性の方への強がり。』
『こんなキャラで無ければ、本当は彼氏の一人も欲しい。』
と、寂しい女へと、僕のイメージは変わったのです。
その日、僕の夜のおかずは吉岡さんではありませんでした。『清水さん…。』と、監督さんの名前を呼んでしまっていたのです。
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