午後からの練習が始まりました。シートノックも行われ、僕は内野外野へとノックを打ち込みます。もちろん、セカンドの吉岡さんにもです。
『お願いしますっ!』と彼女から声が掛かり、そっちに向けてノックをするのですが、やはり他の方に打つのとは違います。
どうしても、彼女を意識してしまうのです。当たり前です。ついさっきまで、隠れてキスやお触りをさせてもらっていたのですから。
練習が終わり、僕は少しだけ期待をしていました。さっきの続きです。しかし、彼女はさっさとヘルメットを被り、原付へと股がりました。
『そうそう、うちのもおんなじよぉ~。』と他のママさんとも話をしている彼女を見て、僕は現実に戻されるのです。
家に帰れば、彼女は一児の母。そして、そこには旦那さんもいて、ちゃんとした主婦なのです。
『ユウっ、好きよ…。』と言ってキスしてきた彼女の気持ちが、僕には計りかねてしまうのでした。
結局、吉岡さんとは何もないまま、10日が過ぎました。あるはずもないのです。彼女と会えるのは、ソフトボールの練習の前後だけ。
それ以外に接点などないのですから。
その日は水曜日でした。練習が終わる頃、ちょうど小雨が降り始めます。みなさん、なんとか濡れずに済んだようです。
それでも素早く、グランド整備を行う当番の方がいます。姉と吉岡さんを含めた4名です。
吉岡さんのことも気になりますが、やはりそこには姉がいるため、僕はすぐに家路へとつきます。僕は、目の前にある女性を発見します。監督の清水さんです。
トイレの裏で『好きです!』と告白したのに、すぐに吉岡さんとあんなことになったので、彼女とは少し疎遠になりつつもありました。
『監督さん、荷物持つわぁ~。』と後ろから声を掛けると、やはり彼女らしく断られます。それでもいつものことです。結局は、僕に渡すのです。
それは、グランド整備をしている吉岡さんから見えない位置でした。だから、安心して声が掛けられたのです。
告白した監督さんには申し訳ないのですが、僕の気持ちはもう吉岡さん。監督さんの荷物を持ってあげるのは、今までやって来た、ただの惰性なのです。
監督さんの家に尽きました。彼女も、どことなく意識をしているようですが、『じゃあ、お疲れ様でしたぁ~。』と声を掛けます。
『ああ、お疲れ様っ!』と監督さんから言われ、僕は彼女の家を後にするのです。
その帰り道。小学校のグランドが近づくと、すでに照明は消されていました。みなさん、帰られたようです。
しかし、門の外に一台の自転車が置かれているのを見つけました。カゴの中のグラブには覆いがされて置かれていて、それが吉岡さんのものだと分かるのです。
しかし、門は閉まり、南京錠も掛けられています。彼女はどこに行ったのでしょうか。
雨がシトシトと降る中、僕はなぜか帰れずにいました。『彼女は、僕を待ってくれているのかも。』と、密かに思ってしまっていたからです。
3分くらい辺りを見渡していました。近くの自販機にも目を凝らしますが、やはり彼女の姿はどこにもありません。
その時、不意に南京錠を見ました。『あれ?掛かってない。』、それは片方の扉側に引っ掛けてあるだけで、施錠はされてなかったのです。
『じゃあ、まだ中にいるのか?』と、僕はその門を開くのです。
真っ暗な雨の降るグランド。もちろん、誰もいません。お化けでも出そうです。
それでも彼女を探すため、とりあえずトイレへと向かいました。女子トイレを覗きますが、やはり彼女はいません。
僕はもう一度、みんながいつも集まる場所へと戻ります。外に停めてある自転車もそのままで、変わった様子もありません。
いつもの場所へと帰って来ました。そのすぐ奥には、子供たちが林間学習をする場所があり、木が繁っているため、更に不気味です。
僕は、彼女を探しながらそこを抜け、とある校舎に近づきました。別棟の平屋の校舎です。
すぐにでもお化けが出そうで、『ここはマズイ。』と後ろを振り返った時でした。その校舎の奥で、人の気配を感じたのです。
そちら側にそっと回って見ましたが、誰もいません。しかし、よく見るともっと奥の方に誰かがいるのが見えます。
『吉岡さんかぁ~?』と思い、それを確かめるため、僕はわざわざ校舎を逆回りして、そちらから確認をするのです。
そして、回ってきた僕は、恐る恐る顔を出して覗きました。そこには、暗闇の中で座り込んでいる女性を見つけます。
真っ暗なので、ほぼシルエットですが、その体型は女性だと僕の脳は判断をしました。彼女は2本の木の間に座り込んでいて、ヒソヒソと何かを話しています。
話していると言うことは、そこにはまだ誰かがいると言うこと。そして、彼女はその男性の頭を抱え、キスをしているのです。
『男…。』、僕の脳はそう判断をしました。女性とキスをしているのですから、相手は『男』なのです。
彼女は男性の膝の上に乗り、彼の頭を抱え込んで熱いキスをしているようでした。その姿は、あの時の僕たちと同じです。
違うのは、その僕が遠くからそれを見ているということなのです。
僕はその場を離れました。『相手は、迎えに来た旦那さん…。』、夫婦が愛撫をし合うのは当然のことです。悔しいですが、彼女は僕のものではないのです。
帰り道、身体中が震えていました。悔しいのでしょうか、それとも吉岡さんが旦那さんとキスをしているところを見てしまったからでしょうか。
少し落ち込んだ僕は、雨の降る中、自宅へと戻ったのです。
自宅では、姉の子供の声がして、姉とじゃれあっているようです。僕は濡れたジャージを着替え、新しいジャージに腕を通します。
そして、姉と姉の子供がいる居間へと向かうのです。『ユウくん、おかえりぁ~!』と姪が僕に声を掛けます。
『ただいまぁ~。』と言って座り込むと、なついている姪は、すぐに僕に抱きついてくるのです。しかし、
『ママ、まだぁ~?』
と彼女に言われ、『えっ?』と思ってしまうのです。気がつきませんでした。彼女達は、姉とではなく、僕の母とじゃれあっていたのです。
僕の頭の中に、『まさかぁ~?』と、良からぬ仮説が浮かび始めます。自転車は吉岡さんのものしかありませんでした。つまり、もう一人は徒歩の方です。
グランド整備で残っていた方で、徒歩の方と言えば、姉しかいません。雨も降っています。寄り道をするなど、考えにくいです。
なら、吉岡さんとあそこにいたのは『姉…。』、僕にはそうとしか考えられないのです。
頭の中が、グチャグチャでした。それでも1つだけはハッキリとしています。僕は大好きな吉岡さんを、自分の姉に取られたのです。
夕食も早々に、雨の降るなか傘をさして、僕はグランドの方へと足を向けました。フラれたような気がして、それでもじっとしてはいられないのです。
そして、僕はその女性の前に立ちました。女性は『どうしたん~?』と声を掛けてくれました。監督の清水さんです。
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