「佐藤和也だな」私たちの足は、突然、背後から聞こえてきた声で止まりました。私たちは咄嗟に声がする方を振り返りました。そこには2名の明らかに警察官とわかる男が立っていました。「逃げて!」私は大声で叫びました。しかし、佐藤はすでに堪忍したように動きませんでした。「佐藤和也、一緒に署まで来てもらう」1人の警察官が佐藤に近寄り、腕をつかみました。「オレは大丈夫だ・・・美穂、待っていてくれ・・・必ず戻ってくるから・・・」佐藤は私にむかってそう言うと少し離れた所に停車していたパトカーに乗せられていきました。もう1人の警察官は、停車していたタクシーの運転手としばらく話していました。やがて、私たちが乗るはずだったタクシーは、誰も乗せることなく、発車しました。私は、タクシーの後ろ姿をただ茫然と見送りました。「山中美穂さんですね。少しお話を伺えますか?」タクシー運転手と話していた警察官が、近寄ってきて言いました。そこへ、暗闇からもう一人の男が近づいてきました。それは弁護士の常田でした。常田は、丁寧に警察官と挨拶を交わすと「奥さん、ここは寒いから、家の中で話しましょう。警察官も同意しているから・・・」そういうと、常田は私の意思を確認することなく、佐藤が持っていた旅行カバンを持って、階段を上がり始めました。仕方なく、私はその後に従いました。それから、約30分程度、部屋の中で警察官による事情聴取が行われました。とにかくその時の私は佐藤のことが気がかりで、警察官の質問にしっかりと向き合える状態ではありませんでした。その場の状況を察した常田が、山中家の弁護士として、当たり障りなく私と警察官の間に入って、何とか警察官が、その時点で納得できる聴取として終わらせることができたようでした。警察官は帰っていきました。
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