息子さんとの電話もあって、僕と先生は少し遅れた夕食となります。それでも、息子さんへの隠し事もなくなったので、どこか気分は浮かれていました。
その席で先生が『今日ねぇ~、市役所に行って来たのよぉ~。』と聞かされます。『離婚届~?』と聞くと、『出してきちゃったぁ~。』と言われました。
『私、独身よぉ~。』とどこか嬉しそうに言う先生に、『そしたら、次狙おっ~。』と言ってふざけあうのです。
『名前も戻るの~?』
『そうねぇ~。』
『なにになるの~?』
『滝本に決まってるでしょ~。』
『久美子ぉ~、旧姓ってなんて言うん~?』
『私~?私は…、『柳瀬』って言うの~。』
初めて、彼女の本名を聞きました。『柳瀬久美子』、滝本先生はその名前で産まれて来たのです。
『柳瀬久美子です。』、先生が自己紹介をした先には、一人の男性がいました。『滝本です。滝本広樹です。』とその男性は名乗ります。
31歳の彼女より、4つ年上のこの男性。メガネを掛けとても真面目そうですが、それよりも『写真よりも、ちょっと老けてるぅ~。』と先生思っていました。
35歳の男性ですが、先生には『40歳を越えたおじさん』にも見えていたそうです。
紹介をしてきた女性は、二人が会って自己紹介を済ませると、早々にその場から立ち去ります。残された二人は最初こそ話をしますが、後が続かなくなります。
男性はコーヒーに何度も口をつけ、困った先生もなんとか会話を続けようと話題を変えて頑張ります。結局、その日は連絡先の交換で終わります。
もちろん、携帯電話など普及していない時代です。自宅の電話番号でした。
先生にとっても、初めてのお見合いでした。お見合いといっても堅苦しいものではなく、喫茶店で会って話をした男性。
残念ながら、先生の中では『NO!』。女性慣れもしておらず、盛り上がらない会話。先生が音頭をとり続けていたのては、それは仕方がありません。
思いっきり、『ごめんなさいっ!』なのです。しかし、この二人が結婚までたどり着いてしまうのですから、人間というは面白いです。
再び、二人が会うことになりました。日曜日です。先生はおしゃれな格好をして、家の近くの待ち合わせ場所へ向かいます。
そこには、一台の車が停まっています。『まさか、あれじゃ~?』と彼女が思うなか、扉が開き現れたのは滝本さんでした。
『柳瀬さんっ!』と声を掛けて来ましたが、『おいおい、タクシーかよっ!』と先生は思ってしまうのです。
男性が乗ってきたのは、真っ黒のセドリックだったのです。
二人は、とある大きな商店街へと車を停めました。先生はウィンドショピングをするようです。男性は外を歩き、先生は内を歩きます。
男性はどこか必死でした。彼女を飽きさせないようにと会話をして来ます。家でシミュレーションを何度もしてきたのでしょう。
しかし、先生もそれには笑顔で答えてはいますが、男性の心境が伝わってしまうだけに、心から楽しめないのです。
『あぁ~、面白くなぁ~い!』、先生の心の中はそればかりでしたので、少しイタズラ心に火がつきました。
残り半分の商店街デートを、かなりの速足で歩き始めたのです。日曜日の賑わった商店街、男性は必死に彼女に着いて行っています。
彼女が立ち止まれば一息つき、また歩き出せば人混みを掻き分けるのです。そこで彼女はある光景を目にします。
いつの間にか、自分よりも一歩前で歩く男性。『すいませんっ!すいませんっ!』と先生のために道を開けていたのです。
しかし、盛り上がらないまま、そのデートは終わりました。先生は車で家まで送り届けられ、『やったぁ~!終わったぁ~!』とそんな気分です。
2~3日後には『ごめんなさい!』で、この男性とはおしまいなのですから。
車が先生の家の前で停まりました。ハザードランプが灯り、先生は降りるために荷物を手にします。そこで男性からこんなことを言われるのです。
『柳瀬さん、たいくつされたでしょ…。あの…、わかるんで、言ってくださいねぇ…。私、こんなんですから…、振ってくださいねぇ…。
私、女性に振られたことがないんで…、よくわからんのですが…、気にせんと振ってくださいねぇ…。たぶん大丈夫やと思いますから…。』
『なにがですか?』
『すいません…、すいません…、私、こんなヤツです…。つまらない人生しか送ってないんで…、その…、あなたみたいなキレイな方、
おもしろくないと思います。だから、…、振ってください…、お願いします…、お願いします…、振ってください…。』
『振られたことないんでしょ?』
『ないです…。ないけど、大丈夫やと思います。大丈夫やと思うんで、振ってください…。』
『なら、振れませんっ!』
『……。』
『滝本さん、女性に振られたことないんでしょ?私はありますっ!男性に振られたことありますっ!だから、振るなら私を振ってくださいっ!』
『……。』
『その方が被害が少ないでしょ~?だから、私はあなたを絶対に振ったりはしませんっ!』
強い彼女らしいです。
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