先生が我が家に来てから、半年近くが経っていました。『義母さん。』と呼ぶのにもなれ、時間は掛かりましたが、『母と子』の関係になりつつあります。
それでも二人で買い物に出掛ければ、やはり回りの目が気になり、母と言うより『彼女』を連れて歩いている、そんな緊張感も生まれてしまうのです。
父はと言えば、新婚でラブラブな時間は終わり、家庭を守ってもらっている『主婦』として先生を見ているようです。
母が亡くなって以来、この家にもようやく『家族』というものが出来ていました。これが、本来あるべき姿なのです。
ところが、その2ヶ月後。父と先生に変化が見られるようになるのです。父が春に昇進し、仕事や付き合いが増えたこともありますが、なにかがおかしい。
先生が我が家に収まり、家が落ち着いて、父にも安心感があるとは思いますが、何かがおかしいのです。
その不安は、『あのオバハン、アホか~!?』と父の放った一言で、確信に変わるのです。父が先生のことを『オバハン』などと口にしたことなどありません。
それに『オバハン』は、年下の男が口にするセリフです。よくよく考えれば、52歳の父にも、63歳の先生はかなり年上のおばさん。
連れを亡くしたもの同士が出会って、焦ったように結婚したのですが、少し冷静になると、いろいろと問題があるようです。
その日、6時に家に帰った僕は、塾を終えて帰ってくる先生を待っていました。しかし、なにかしているのか、なかなか帰っては来ません。
ようやく玄関の扉が開いたと思えば、それは父でした。『義母さん、まだみたいやねぇ?』と父に言うと、『帰って来んの違うか?』と冷たく言われます。
最近の冷えた感じを分かっていただけに、それ以上のことは父には聞きませんでした。
結局、次の日も夜に現れる様子もなく、僕は父には黙って家を出ます。父も何も言いませんが、僕が何を考えているかなどお見通しでした。
先生の家の前に着きました。家には僅かな照明がついていて、先生が中にいることは分かります。僕は大きな門を開け、玄関に向かいます。
玄関の前まで来ましたが、なかなかチャイムが押せません。しかし、大きな門を開けた音が響いたので、中にいる先生にも届いたはずです。
僕は、一度扉に手を掛けました。カギが掛かっていると分かっていてです。しかし、扉は横へ開きました。カギなど掛かってなかったからです。
玄関に入り、『先生ぇ~?』と声を掛けます。『義母さん?』とは呼べませんでした。中から返事はなく、それでも人の足音だけがこちらに向かってきます。
『タケ君、いらっしゃい。どうしたのぉ~?』、先生の第一声でした。それは、悲しい一声です。
『いらっしゃい。』と他人のように僕を出迎え、『どうしたのぉ?』としらを切られたのです。とても、母と子の会話ではありません。
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