『滝本?滝本先生のこと?』、僕がそう逆に聞き返したことで、父も少しくらいは記憶が甦ったようです。
全て母に任せていたため、『そう言えば、娘も息子も英語の塾に行ってたわなぁ~。』とその程度の記憶でしたが。
午後6時。塾を終えた生徒さんが、2階から続々と降りてきます。『バイバイ~!』と言って、門を開けて帰っていく中、そこには父の姿があります。
その日、5時に会社を切り上げた父は、45分後には先生の家の前まで来ていました。ただ、塾の終わりの時間など知らなかったようです。
最後に降りてきたのは、もちろん滝本先生。それを見た父は手を上げて、『滝本さぁ~ん!』と呼び止めたのでした。
二人は玄関へと移りました。早速、『これよかったら。この前のお礼です。』と、似合わない父が買ってきた御菓子が彼女の手に差し出されます。
『こんなことしなくていいのにぃ~!ありがとうございます。』と受け取った先生でしたが、父を家の中へと招くことはしませんでした。
まだまだヤンチャな父を、先生もそこまでは信用はしてはいなかったようです。
父は玄関に座り込み、先生も廊下に膝をついて、二人の話が始まります。『滝本さん、あんな会合ならしない方がいいわぁ。』と父が口火を切ります。
『そうでしょう?なんかわかるぅ~。』と、彼女もそれには同じ考えでした。その後も二人で意見をしあい、この日の二人は別れます。
ただ、『いい人が入ってくれた。』と先生は思っていました。『これから少しずつだが、町内会の会合はきっと良くなる。』、先生は本気でそう信じたのです。
父の二度目の訪問。この日も、父の手には買った御菓子が握られていました。受け取る先生でしたが、彼女も賢い方です。
『彼、自分に似合わないことをしている…。』と、父を分析しています。ちゃんとした礼儀作法が父にはないことなど、先生にはお見通しだったのです。
それが先生には可愛く感じました。『11歳年下のヤンチャな男の子』、63歳の先生にはそう見えていたのです。そして、初めて父を家の中へと招いたのでした。
『久美子さん、あれさぁ~。』、家に入り込んだ父は、突然彼女を名前で呼び始めます。
しかし、それがあまりにも自然だったので、先生も素直に返事をしてしまうのです。それからはもう、『久美子さん、久美子、』で会話は進みます。
先生も、今更『滝本と呼んでください。』とは、もう言えなかったのです。
そして、3度目の訪問となります。先生は、その日も父と町内会の今後について語り合いました。不器用ながらも、熱心に語る父との会話は楽しかったのです。
自分の考えを真面目に聞いてくれる人がいなかった彼女は、少しずつ父に引かれ始めます。『愛情。』というよりは『友情。』、仲間に思えたのです。
『久美子さん、お茶もらえますかぁ~。』と父が彼女に言いました。出していたのがコーヒーだったため、『お口直しに。』と頼まれたのだと思いました。
そこでキッチンにいる先生に、父が声を掛けます。『久美子さん、旦那はぁ~?』、もちろん知っていての質問です。『亡くなったのよ~、8年前に~。』と先生は答えます。
『あらら~。それは悪かった。』
『気にしなくていいのよぉ~。』
『けど、そんな前なら寂しいやろ~?』
『子供がいるから、そうでもないのよ~。』
『けど、そんなのいかんわぁ。久美子さんキレいなんやから、再婚くらいしたほうがええよ。』
『再婚~?もう63だしねぇ。面倒くさいわぁ~。』
とそれは町内会の話しかしてこなかった二人の、初めての会話となるのです。
『そちらこそ、奥様亡くされて、みなさん大変でしょう?』、父を気にした先生がそう言葉を掛けました。
その言葉に父は『誠二…。誠二です。みんな、誠さんって呼んでくれてます。』と強く言って、『そちら』と呼んでしまった先生を困らせるのです。
この時、先生は長くなかった感覚を身体に覚えます。父の目は真っ直ぐ先生の目を見続けていて、それが久しぶりに見る『男の目』と感じてしまったのです。
長く眠っていた先生の女としての性欲が、呼び覚まされた瞬間でもありました。
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