日曜日も日が傾き、夕方へとさし掛かります。僕と先生はと言えば、長くキスをやり過ぎてしまい、飽きてお互いに別々のことを始めています。
次に唇を重ねるとすれば、お風呂か、それこそ寝室とかなるでしょう。僕はそう思っていました。
夕食が終わった、午後7時。先生はこんなことを言ってきます。『タケ君?一回お父さんのところに戻ったら~?』、意外な言葉でした。
せっかく父を説得出来たのに、またその父のところへ戻れと言うのです。『今夜も彼女と…。』と思っていただけに、どこか雲行きが怪しくなります。
先生は『だって、お着替えないでしょ~?』と僕に告げます。しかし、これは先生の優しさ。『父と少しだけでも話をして来なさい。』という意味なのです。
ほぼ2日ぶりの我が家です。父はリビングでテレビを観ていて、自分で作ったであろう質素な夕食が残したままになっています。
『ただいま。』と声を掛けました。『おお。』と父らしい返事がかえって来ます。しかし、僕に話す気も無さそうで、その場は一旦下がり掛けます。
しかし、僕を帰した先生の意図も分かるだけに、どうしてもそこに留まる必要があり、僕はそのリビングの床へと座り込むのです。
しばらく無言の時が流れます。父は相変わらずテレビから目を離さず、僕はと言えば足を延ばしたりして、父の言葉を待つのです。
『あの女、ええ女だろうが~?』、父のその言葉で静寂が破られました。『そやねぇ~。』と、父の言葉に合わせます。
『オバハンと仲良く出来てるのか~?』と聞かれると、父を気にしてか、僕は『まあまあ…。』と答えるのです。
父は『ならええわ。オバハンのとこ帰れ。』と言うのです。帰ってきたばかりの僕は、『うん。着替えとに帰っただけ。』と父に告げて、リビングを立ちます。
着替えをバッグに詰め終え、階段を降りてくる僕に、『タケ~!』と言って、リビングから父が呼びます。
リビングに再び顔を出すと、『あのオバハンに気をつけろよ。アイツ、猫被ってところあるからのぉ。』と謎の忠告をされるのでした。
『父の負け惜しみ。この期に及んで、まだそんなことを…。』、この時の僕にはそうとしか取れませんでした。
2日後の火曜日。僕は、ある人物からの電話を受けます。その人物は、『あんた、今日何時頃帰ってくる~?』と僕に言うのです。
『どうしたん?』と聞くと、『ちょっと話しするだけ~。』と言って、電話を切ったのは僕の姉でした。
午後6時。僕は、我が家へ帰宅をします。玄関ではひさしぶりの姉が立っていて、僕の帰りを待っています。
姉をリビングへと通すと、『お義母さん、ほんとに居ないんやねぇ?』と僕に言います。
『最近上手くいってなかったからねぇ?』と僕は、父と先生の関係を語るのです。『お義母さんは?家?』と聞かれ、『うん。元の家。』と答えます。
『せっかくだから、会いに行こうかなぁ~?』と姉は一人言のように語り、実際その足で先生の家へ向かうのです。
きっと姉も、先生の家はひさしぶりだと思います。父と再婚してから数回通った程度で、後はほとんど県外にいる姉ですから。
姉はチャイムを押すと、中から先生が現れ、『どちら様~?』と声を掛けます。姉は『由佳ですっ!』と元気に声を掛けます。
『あらあら、由佳ちゃーん。』と言いながら、先生は急いで玄関の扉を開きました。しかし、笑顔で迎えた先生の顔色が曇ります。姉の顔を見たからです。
姉は先生にしがみつき、『ウゥ…、ウゥ…、ウゥ~、』と身体を震わせているのです。『お義母さん、辛かったねぇ~…。』と言って、号泣をしていました。
姉は、昔から感受性の高い人でした。普段は気が強いくせに、人の辛さを自分のことのように分かってしまう優しい人なのです。
知らない方のお葬式に参列して、平気で泣いてしまうような人間です。その娘に泣きつかれ、先生ももらい泣きをしてしまうのでした。
リビングに移り、ソファーへと座った姉ですが、そこでもまだ涙は止まりません。先生はハンカチを差し出し、姉の隣に寄り添うのです。
『お義母さんは大丈夫?…、お義母さんは大丈夫?…、』と姉は泣きながら、何度も先生に問い続けます。
姉を心配させまいと、『由佳ちゃん、ありがとうねぇ。お義母さんは大丈夫、大丈夫。』と声を掛けていました。
僕の姉も、先生の塾の生徒でした。昔から二人は、とても仲が良かったらしく、塾を離れても、町で会えば『滝本先生ぇ~!』って、姉が手を振るのです。
そんな二人でしたから、父との結婚が決まった時も、姉は大喜びをし、そして今と同じように泣きながら、彼女の胸へと飛び込んでいました。
姉と先生は、間違いなく『母と娘。』でした。
姉はようやく落ち着くと、先生の差し出したカルピスに手を延ばします。世間話も始めながら、主婦同士の会話が始まるのです。
二人の笑い声は絶えず、僕はひとり除け者って感じです。二人にしてあげようと思い、僕はなにげにリビングから立ち上がります。
その時、『あんた、ちょっと待ちな。そこでおり。』と姉は僕を止めるのです。そう僕に言った後も、姉は先生を掴まえ、会話を楽しんでいます。
その先生の顔色が完全に変わっています。姉は先生を心配して来たのではありません。僕と先生に言いたいことがあって、ここに来たのです。
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