まだ、お昼前でした。なのに、僕は先生の用意してくれたナイトローブを手にしています。『これ、誰の?』と聞いてみます。
先生は、『亡くなった旦那さんが着てたヤツなんだけど…。たぶん、君にサイズ合うはずよ。』と答えました。
そう言われ、シルクの青いローブを着ると確かにサイズはバッチリで、なにか生活の水準が上がったような気がします。
先生も下着を履き、上から紫のローブで身を纏います。水準の上がった僕は、なぜが先生の手を取り、リビングまでエスコートをするのでした。
先生が台所に立ち、『お腹すいてる~?』と聞いてきます。しかし、いろいろなことがありすぎた僕の脳は、空腹を知らせそうとはしません。
なんか、お腹いっぱいなのです。先生はかわりに、コーヒーを入れ始めます。その背中を見ながら、こんなことを考えるのです。
それはさっき先生が口にした、『旦那さん。』という言葉でした。旦那ではなく『旦那さん。』、先生はずっとそう呼んでいるのです。
先生よりも年上だった彼は、先生にとってはずっと尊敬出来る方だったのでしょう。だから、いまもその呼び名なのです。
あの先生が、あの僕が甘えている先生が、きっとその旦那さんにも甘えていたのでしょう。
それはしっかりとした愛情となり、だから今でもその方の遺品を大事にとっているのだと思います。悔しいですけど、先生が愛した人なのです。
『先生?このローブ着てた旦那さん、どんな人だったぁ~?』とコーヒーを作っている先生に質問をしました。先生は、『どんな人って?』と返します。
それでも、『旦那さん。なんか聞きたい。』と詰め寄りました。先生はコーヒーをテーブルに置き、『なにが聞きたいの~?』と聞いてきます。
顔を合わせようとはしない彼女は、それでも僕の言葉を待っているようです。『先生が、その人を好きになったところ。』、それが僕の質問となりました。
それを聞いた先生は浮わついた目を戻し、『それ聞いて、どうするつもりぃ~?』と僕を試すのです。
その言葉に、『僕は先生が好きです。ただ、先生がその人をどう好きになのかを聞けば、もっと先生のことが分かるかなぁ~と思って…。』と答えました。
正直、しどろもどろでした。それでも先生はちゃんと理解をしてくれて、脳を働かしてくれます。試された僕は『合格』だったようです。
『頼り甲斐のある人だった…。たまに私が道にそれても、ちゃんと直してくれる人だった…。』と先生の告白が始まります。
『思いやりがあって…、意地っ張りで…、仕事のことなんか家で聞いたこともないのよ~。』と語ってくれるのです。
『愛してたんやねぇ?』と聞くと、『うん。愛してた。』と即答でした。僕は、『違うよ。旦那さんの方が先生を。』と言います。
それには、『愛されてたよぉ~。』としみじみと言うのでした。
僕は最後の質問をします。『このローブ、どうして僕に着させてくれた?大事でしょ?』と、これは困る質問だと分かっていてことです。
しかし、先生の答えは速かった。『好きになったから…、でいい?』と言われます。もちろん、本心ではないでしょう。
『僕と旦那さんと比べたら?』と、浮かんだこの質問はすぐに消しました。とても、僕に勝ち目などあるはずがないからです。
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