僕たちは、うかつでした。客人が来たため、僕はバスタオルを頭に乗せたまま、身を潜めていました。
先生も客人を待たすまいと慌てて玄関に出向き、身体からまだ湯気が立ち上っているなか、その扉を開いてしまったのです。
父は濡れた僕の髪に触れ、風呂から上がったばかりと分かる先生を見て、僕たちが今一緒にお風呂から出てきたことを見抜いてしまったのです。
『違うわよ!別々に入ったに決まってるでしょ~!』と先生は強く父に言います。しかし、確信している父は、『そんなの分かるかぁ~!』と捲し立てます。
父は、その足で風呂場へと向かいました。別に証拠があるわけでもないのに、父も我を忘れていたのです。
すぐに、先生は父を追いました。僕は、少しでも証拠を消そうと、必死にバスタオルで濡れた頭を拭き取ります。
しかし、風呂場の方から、『おかしいやないかぁ~!』と父の声が上がります。『おかしないでしょ~!?』と先生も負けてはいません。
父が指摘をしたのは、あの洗濯カゴでした。二人で一緒に服を脱いだため、衣服が交互に重なってしまっていたのです。
再びリビングに現れた父は、『お前ら、デキとんのかぁ~!』と大きな声をあげました。先生も、言い訳をする気持ちが半分以上折れています。
父は、『もおええわ!明日じゃ!』と言い、『お前、帰って来い!帰って来いよぉ~!!』と念を押すように僕に言い、玄関を出ていきました。
父の居なくなった、先生の家。僕はいろいろと考えを巡らせますが、打開策などありません。それは先生も同じです。
先生の場合は、もう考える気力も削がれています。期待を膨らませ、『このあと、二人で…。』と考えていた脱衣場がマックスでした。
その僅か5~6分の出来事で、僕たちは奈落へと突き落とされてしまったのです。
何も言葉が出ない僕に、『帰った方がいいよ…。』と思い詰めたように先生が声を掛けてくれました。
何も出来ない僕は、『うん…。』と言って、この家を去ります。
家に帰ると、父の姿はなく、次の日の朝に会いましたが、父は何も言いませんでした。とこか重い、我が家です。
月曜日。会社で仕事をしていても、頭に浮かぶのは先生ではなく、父の顔でした。父の寂しげな表情が、どうしても浮かんでしまうのです。
本当は、先生のことを考えてあげなければいけないはずなのに、父から義母を奪おうとしてしまった僕自身を責めてしまいます。
それが、父の気持ちに変わり、『そらぁ~、つらいわなぁ。怒るわなぁ~。当然だわなぁ~。』となってしまうのでした。
仕事が終わり、午後6時過ぎ。最近日課にもなっていた、先生の家の前を通ります。塾を終え、そろそろ生徒が帰る時間だからです。
生徒が帰った頃を見計らって、僕が先生に会いに行くのです。家を飛び出した義母を思ってなのか、ただ女性として会いたいだけなのか、それは分かりません。
塾の行われている部屋を見ました。しかし、照明はついてなく、『早仕舞いした?』と、僕は先生の家の大きな玄関の前へと車を停めます。
しかし、そこには手書きの張り紙がされ、『都合により、本日はお休みを致します。』と書かれていました。
それを見た僕は、『家出?』『失踪?』と最悪のシナリオばかり考えてしまうのです。『先生
~、どこぉ~?』と、心の中で叫びます。
車を自宅に停めました。先生が居なくなったことを父に告げるべきか悩みながら、僕は玄関の扉を開きます。
しかし、『カチャカチャ。』と音がして、カギが掛かっています。父の車は駐車場にあり、中には照明もついているのにです。
不思議に思いましたが、僕はカギを開き、玄関へと入ります。そこへ、ちょうど2階から父が下りて来ました。
父は、『おぉ、おかえり。』と相変わらずのぶっきらぼうな挨拶をくれ、僕はリビングへと向かいます。父の作った質素な夕食。
先生が来てくれてからは、彼女の味が我が家の味となっていたので、もうどこかもの足らないのです。
食事をしながら、僕は考えていました。先生のことを、父に言うべきかどうなのかを。それを聞いた父は、どんな反応を見せるのでしょう。
『警察に電話するでしょうか。』『先生の息子に連絡をとるのでしょうか。』。そして、僕は決心をし、あとは父のタイミングを待つのです。
その時でした。2階の奥の扉が開いたのは。『えっ!?』と思いました。目の前には、ソファーに寝転がる父がいるのです。
『えっ?だれ~?』と父を見ました。しかし、父はなにも言わず、テレビを見続けています。
2階から聞こえた音は、足音となり、階段を下りて来ます。階段を下りると、リビングのガラス扉に人影が映し出されます。
扉が開くと、現れたのはパジャマを着た滝本先生でした。慌てて降りてきたのか、一番上のボタンは締め忘れ、パジャマがよれて、少し肩が見えています。
口のまわりは広く赤く腫れ、白いパジャマは透けてしまい、その下には真っ黒な下着が着込まれているのが分かります。
先生はこの格好で、僕が帰るまでの時間、父と寝室で過ごしていたのです。
『おかえりなさい。』と僕に言った先生。2日前、熱くなり掛けたあの出来事は、なんだったのでしょう。
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