僕の腕をギュと握ったままの先生は、『もぉ~、おばさんを泣かさんのよ~。』と言ったまま、しばらく黙り込むのです。
『帰る~?』と声を掛けてから、15分ほど経っていました。予想通り、この15分で日は更に傾き、この滝もかなり薄暗くなり始めています。
ようやく先生が、掴んでいた手を外しました。そして、『タケ君も大人になってるんやねぇ?』と呟くように言うのです。
『お父さんの奥さんなんよ~。あなた、私の息子なんよ~。』と言って、下げていた顔が上がるのです。先生の目には、いっぱいの涙が溜まっていました。
『息子がお母さん口説くって、どういうことよ~。』と言って、少し呆れたように言うのです。
そして、『タケ君?お母さんは、あなたのお父さんと結婚してるし、それに亡くした主人もいるんよ~。』と語り始めます。
『29歳にもなる息子もいるし、来年64歳にもなります。あと7年したら、70歳のお婆ちゃんです。』と当たり前のことを並べます。
『そんな私を口説いたりせんの~。』と言った先生の目から、耐えきれなくなった涙が流れ落ちました。
僕は、先生を抱き締めていました。大切に思ってしまったようです。先生の手は、抱えられて運ばれる患者のようにダランとしていました。
僕はその細い身体を引き寄せ、顔の割には大きめの唇に、自分の唇を合せます。すぐに唇は離れ、『私、口説かれたんやろ~?』と変な言い回しで言われます。
ダランとしていた先生の腕にも力が入り、その腕は僕の背中へと回されます。離れた唇が戻り、今度はお互いの気持ち通りに、自然と重なるのです。
厚く塗られていない口紅が、妙にベタつくように感じます。僕は先生の頭に片手を掛け、『好きです…。』と言いながら、キスを続けるのでした。
5分程度、キスを繰り返していたでしょうか。感傷的になっていた先生も少し落ち着き、『タケ君とキスしてしまったわぁ。』と笑顔も溢れます。
そして、『さぶぅ~。帰る~?』と彼女に言われ、停めていた車へと向かいます。そこである事実を知らされるのです。
地元の方でしょうか。田舎のおじいさんが立っていて、この方に僕と先生は見られていたようです。僕たちは逃げるようにしながら、車を出しました。
しかし、その車はすぐに停まります。路肩に車を停め、再び先生との口づけを楽しむのです。帰るのは、少し遅くなりそうです。
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