その日は土曜日でした。父の仕事の日を、僕たちは選んだのかも知れません。『おばさんに興味ある男の子って、多いの?』、助手席の先生が聞いて来ます。
『熟女?人気あるよ。癒されたい感じ?』、そう他人事のように言った僕だったが、その熟女をデートに誘ってここにいるのが、僕なのだ。
先生はデートという気持ちはないらしい。子供のわがままを断りきれず、仕方なくついて来ている感じだ。
これが、『先生と生徒』という関係なら完全に断られただろうが、残念ながら僕たちは『母と子』。車で出掛けることなど、当たり前のことなのだ。
話は前回に戻ります。『僕、先生のことが好きだから。』と告白をしましたが、『変なこと考えんの~。』と断られます。
しかし、『口説きます。頑張って、何回も口説きます!』と言う言葉に、少しだけ真剣さを感じてくれたのでしょう。
『じゃあ、先生に何をしてくれる?タケ君は、先生をどうしてくれるん?』と返されました。その言葉は、まさに先生でした。
生徒の気持ちも全て分かってくれていて、だから頭から断りもしない。僕のやる気のようなものを湧き出させてくれるのです。
悩んだ僕は、『じゃあ、デートしてください。そこから頑張りますから。』と伝えると、『おばさんよぉ~?大丈夫ぅ~?』と意地悪に答えるのでした。
車内は変な感じでした。『口説きます!』と言った男の車の助手席に乗っているのに、先生は平然とした顔で座っています。
その顔には余裕があり、いつ僕が喋りかけたり、迫るような言葉を吐いてもちゃんと対応が出来る、答えはいくつも用意してある、そんな余裕を感じるのです。
おかげで、『口説きます!』と大きなことを言ったクセに、たいしたことも起こせずにデートは進むのでした。
『お父さん、なにか言ってた?』、先生から聞かれました。『特に何も…。』と僕は答えます。実際、本当にそうなのです。
ただ、『俺から行かんとダメかぁ。』と父は言っていました。出ていった妻を、ちゃんと取り戻す気持ちはあるのです。もちろん、それは先生には伝えません。
残念ながら、これはデートではありませんでした。『母と子のお出掛け。』、その程度で、時間だけが過ぎて行きます。
隣に座る先生の気持ちも気になります。本当に迫られても困るでしょうが、少しはそのつもりで彼女も今日は出てきたのですから。
ちょうどその頃、『滝、見に行こうか?』と先生から言われます。『滝なので、きっと山道。面倒くさいなぁ~。』と思いながら、車を走らせます。
しかし、その滝は山奥ではなく、ほとんど県道沿いにありました。車を停め、歩いて1~2分のところにそれはありました。
とても小さな滝で、観光する方の姿もなく、地元の方もいないため、ほとんど貸しきりに近いです。近くによれば、とても涼しく、寒さまでを感じます。
僕は、滝つぼ近くにまで入ります。先生は外から見ているようです。僕が両手に水をすくうと、『こっちに掛けたらダメよ~。』と先生から声が掛かります。
『わかってるわぁ~。』と言いますが、その手は大きく上げられ、すくった水は先生の身体へと向かいました。
『だから、掛けたらいかんって~。』、笑った声が返ってきました。『手がすべっただけ~。』と言ってごまかしますが、通用などしません。
先生に駆け寄り、服を見ましたがたいして濡れてもいません。
小さな岩場があったので、そこに二人で腰を降ろします。先生は背中を曲げ、さっきの僕と同じように両手で水をすくって、冷たさを感じているようです。
『お父さん、本当に何も言ってなかった~?』、再度この質問がされました。僕は本当のことを言えず、少し困ります。
振り絞って出たのは、『ワシの嫁、ちゃんと口説いて来いよ!って言ってたよ。』と父のモノマネをして言ってみたのです。
『そんな感じよねぇ~。』と父のモノマネを笑ってくれ、『お父さん、口説いて来いって言ってたの~。』と更に笑ってくれます。
『なら、一回くらいは聞いてあげるから…。』と言われ、先生は僕にチャンスをくれたのです。
『僕ね、先生が好きです。父ちゃんとも別れたらいいと思ってます。』、先生は素足で滝の水を掻きながら、それをうつ向いて聞いてくれていました。
その顔が見え、僕の言葉が響いてないのが分かります。しかし、『先生さぁ、亡くなった旦那さんまだ好きって言ってたでしょ?』とあの話を持ち出します。
それを聞いた先生は、『うん。』とうなづきます。そして、『その旦那さんに勝ちたいとか思ってる僕、バカだと思う?』と逆に質問をしてしまうのです。
『バカやろ~?バカだから、本気でそんなこと考えたりしてるんよ~。』と言ってしまうのでした。
先生は下を向いたまま、足で水を掻き回していました。バカなことを聞かされ、面白くないのかも知れません。
僕も、変なこと言ってしまった感があり、どこか逃げ出したくもなっていました。『帰る~?』と先生に声を掛けます。
もう5時近く、県道と言っても山間なので日が落ちるのも早いはずです。しかし、先生は腰を上げようとはしません。
僕がもう一度『帰る~?』と聞くと、あの細い手が腰を上げようとした僕の腕をガッと掴みます。そして、『恥ずかしいから、まだおって。』と言うのです。
気がつきませんでした。ずっとうつ向いているのは、きっと泣いているのです。
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