リョウタがその場に立ちすくんでいると、リツコは静かな声で語り始めた。
「教頭先生はね、私が高3のときの担任だったの。進路相談で私が看護学校に行きたいって言ったときも親身に相談に乗ってくれて、とてもいい先生だったわ。放課後、誰もいなくなった保健室でよく2人きりで勉強したりもしたわね。ほら、放課後の保健室って静かでしよ? 勉強するにはいい場所だったの。彼、体育の先生なのに専門外の普通科目まで熱心に予習してきてくれて、すごく一生懸命だった。それから、、」
『それから、、?』
リツコはゆっくりと椅子から立ち上がり、昨日、教頭と絡み合っていたベッドの端にそっと腰掛けた。
「それからすぐ、私達は教師と生徒の関係を越えたわ。そのとき彼はもう結婚していたけど、お互い惹かれ合ってたし自然なことだったの。どうしようもなかったのよ。私にとって彼がはじめての人だった。勉強が終わるといつもこのベッドで愛し合ったわ。誰にも見つからないように鍵をかけて灯りも消して、、そうね、、ちょうど今みたいに夕陽が射し込んで綺麗だった、、」
リツコが憂うような目で窓の外を見た。
「私が看護学校に合格したとき、彼はとても喜んでくれたわ。まるで自分のことみたいに。合格した後も私達は保健室で会い続けてた。卒業式の日、最後の別れ際彼に言われたの、“また会おう”って。でもそれっきり。その後、彼とは一度も会うことはなかったし、彼からも連絡はなかったわ」
リツコは少し俯いた。
『なのに、またここで、、』
「ええ、、驚いたわ。母校への転任が決まったと思ったら、まさか教頭が彼なんですもの。後で知ったんだけど、私をこの学校に転任させたのは彼らしいの。彼、はじめからこうするつもりだったのかもしれない、、」
『だから、また会おうって、、』
「うん、、赴任前の挨拶で学校に来たとき、彼に会ってあの頃の記憶が一気に蘇ってきたわ。運命ってわけじゃないけど、、私は彼から離れられないんだって、そう確信したの、、」
リツコは淡々と語りながらも諦めにも似た表情を浮かべている。
「今はお互い結婚もしてるし、もうこんなこと続けてちゃいけないのは分かってる、、だけど、彼にはすごくお世話になったし本気で愛し合った関係だったから、、どうしても拒むことはできなくて、、」
ベッドに腰掛けたまま俯くリツコの目から涙が零れた。
「、、ごめんなさい、私ったら、生徒相手にこんなつまらない話しちゃって、、」
彼女の白衣に点々と涙が滲む。女性の涙に慣れていないリョウタはどうしたらいいのか分からず、ポケットからしわくちゃになったハンカチを差し出した。
『コレ、、使ってください、、』
リツコがそっと手を伸ばす。その手はハンカチ通り過ぎリョウタの手首を握った。力無く握るリツコの細い指の感触が伝わってくる。
「お願い、、もう少しそばにいて、、」
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