美和子さんは、スマホを渡した僕の言葉を待っていました。僕はと言えば、『どうやって、ごまかそうか。』と頭を巡らせました。
しかしその半面、『マッチィに打ち明けるチャンスかも。』と考える自分もいたのです。
写真はいくら眺めても変わらず、スマホをおばさんに返します。彼女は、『どうしようか…。』と自分で考える不利をして、僕に意見を求めて来ます。
『バラす?』と聞くと、『出来んやろー。あの子、何を言い出すかわからんよー。』と、実の息子にも手を焼いているようです。
やはり、真面目そうに見えて、チャラい一面を持っていそうです。近所中に嫌われているのも、少しわかる気がします。
『一回、帰ろう。』、おばさんは僕に言ってきました。見つかった以上、ここに二人でいるのは得策ではないと考えたのです。
しかし、僕はおばさんを心配します。この後、仕事を終えたマッチィがここに来るのかも知れません。そこで、どんなことを言われるのでしょう。
母と息子と言っても、どう考えても今回の件は、写真を撮られた美和子さんの方が分が悪い。僕がいて、解決の道を探りたいとも思うのです。
『先程までの愉しい時間はなんだったのか?』、そう思えるほど、この家には暗い影が落ちていたのでした。
午後5時を過ぎました。『そろそろ、市役所が終わる時間…。』、そんなことを考えながら、僕は自分の部屋にいました。
おばさんに『一回帰って。なにかあったら、連絡するから。』と言われ、引き下がって帰って来たのです。
それが正しいことなのかは分かりません。ただ、やはり僕も居づらいところはあって、彼女の言葉を素直に飲んでしまったところはあります。
時計は6時を過ぎ、7時を回りました。マッチィがあの家に現れたのかも、おばさんがなじられているのかも、何もわからない時間が過ぎていくのです。
そんな時でした。僕のスマホが鳴ります。掛けてきたのはマッチィでした。一気に血の気が引く感じがします。
電話に出ると、『カンちゃーん?俺、俺。』と普段通りの彼です。しかし、『今、実家に来てるんよー。ちょっと出てくるー?』と言われました。
普段通りなのが余計に不気味でした。怒るとか、なじるとかしてくれた方が、こちらもそれなりの対応が出来るのですから。
最後に、『ちょっと来てよー。お母さん、聞いても本当のこと言いそうにないから。』と、ガツンと来ました。
きっと、母親と息子の間で話をしたのでしょう。それでも、息子のマッチィは納得してないのだと、それだけで分かります。
僕は家を出ました。完全に日は落ち、雨もほとんどやんでいて、ただ台風の残した強い風だけが吹いています。
路地を歩き、足取りの重さを感じます。昼間、あれだけ雨に濡れても、足取りの軽くあの家に向かったのがウソのようです。
マッチィの家に着きました。玄関近くに立ちますが、チャイムまでがやたらと遠く感じます。外から家の様子を伺いますが、何も聞こえては来ません。
『押さなきゃ、何も始まらない。』、そう吹っ切った僕は、チャイムのボタンを押します。そして、出てくるであろう友達に、顔を作るのです。
玄関に人影が現れました。その影はとても小さく、マッチィではなくおばさんのようです。扉が開かれ、『ごめんねぇー。』と彼女から一言かけられます。
居間に向かいます。しかし、意気込んだ割りには、そこに彼の姿はなく、『加藤くん、来てくれたよー。』とおばさんの声が響きました。
すぐの扉が開き、部屋の中からマッチィが現れます。『おっ、ゴメンなぁ~。』と僕に声を掛け、それがまたどこか不気味なのです。
居間でテーブルを挟んで座ります。美和子さんは、対面のマッチィの後ろに正座で腰を降ろしました。マッチィの手にはスマホが握られています。
いろいろぶら下がった、チャラい携帯に僕は見えました。正座をしていた彼が膝を上げ、部屋の真ん中に置かれたテーブルに寄り掛かり、肘をつけます。
手にはスマホがあり、『これ、ちょっと説明してくれん?』とその画面が僕に向けられました。もちらん、ホテルに停まった2台の車の写真です。
それを見せられ、『なにが?』と一度惚けます。『何で、ここにこの車があるのー?ラブホよねぇー?』と口調が変わります。
『みたいねぇ?』と返すと、『みたいねぇ?じゃなくて、ここラブホやぞ。なんで、こんな写真が撮れるんよ!?』と更に彼の語尾が上がりました。
僕の顔の変化にいち早く気がついたのは、マッチィではなく、美和子さんでした。『こいつ、なにかやるつもりだ。』と少し腰を上げたのです。
彼女がかばうのは僕でしょうか?それとも息子のマッチィでしょうか?
『お前、アホやなぁ~。ホテルで撮ったんだろー?お前がそのスマホで撮ったんだろー?わからんかぁ~?!』とついに口から出てしまうのでした。
ここに歩いて来る道のりで、彼に対する怒りのようなものが吹き出して来るのが分かりました。
僕にも敵、美和子さんにも敵、こいつは邪魔な存在なのです。子供の頃から、こいつは小さくてケンカの対象にすらなりません。
そんなヤツに舐められたように言われ、『お前だけには負けんわ。チビは黙って、おとなしくしてろやー!』と爆発を仕掛けているのです。
『お前、ほんまにわからんか?ラブホテルやぞ!お前、ホテル行ってなにする?!そんなこともわからんかー?』とけしかけます。
マッチィは、一瞬後ろに座る母の方を見ました。きっと、おはさんはホテルの写真を認めなかったのだと思います。
彼は、僕から出た言葉で、ウソをついたおばさんに目を向けたのです。その器の小ささに、余計に腹が立って来るのです。
『おい!チビスケ!こっち向け!目、そらすなよ。ラブホテルって、なにするところや、言え!』と逆に問い詰めてやります。
返事に困るマッチィに、『お前も嫁がおるんだろうが!分からんか?なにするところや、言え!』ともう譲りません。
更に、『お前、俺にケンカ売ってきてるんだろー?なら、やろうや!ほら、ちゃんと言え!なにするところや、言え!』と脅しにかかります。
マッチィは知りませんでした。僕がケンカなどする人間ではないことを。こんなセリフなど吐いたこともありません。
ただ、この生意気なチビスケ相手だから吐けるのです。
彼は振り絞り、『男と女が…、』と正論を言い始めます。しかし、それを『良し』とは、こちらももう出来ないのです。
『男と女が、なんやぁー!はよ、言え!なんなんや、言え!なにするところや、言え!』と潰しに掛かります。
彼を見ていた僕の目は、彼から離れました。その目は美和子さんに向かい、『任せて。』と目で訴えました。
しかし、彼女が心配をしたのは僕ではなく、怒鳴り付けられている息子のマッチィの方だったのです。
※元投稿はこちら >>