突然、岬を吹き抜ける風が青々と背高く伸びた草叢を騒つかせる。
それはまるで亡くなった夫が美咲に逢いに来たかのようだった。
和也は美咲を抱く腕を静かに解いて彼と2人きりにして、そっとその場を離れた。
美咲はじっと海を見つめ、彼と対話をしているように見えた。ときおり空を見上げ、溢れる涙を瞼に湛えている。
どれほどの時間が経っただろうか。
灯台の陰にもたれて海を眺めていた和也のもとに美咲が戻ってきた。
彼女の顔は晴れやかだった。
「天野さん、一緒に帰りましょ」
『ええ、みんな待ってますよ』
. . . . . . .
『はい!民宿 岬です! はい、ご予約ですね。毎度どうもありがとうございます!』
1ヶ月後、そこには威勢よく電話に出る和也の姿があった。
あれからすぐに彼はライターの仕事を辞めた。
今は美咲と2人、この港町で民宿を切り盛りしている。
ライター時代のツテを頼って僅かながら広告も出し、一時期の大ブームには程遠いもののなんとか客足も戻りつつあった。
「和也さん、今日獲れたアワビ、夜のお料理にどうかしら?」
美咲は和也と結婚し、偶然か必然か“天野美咲(海女の美咲)”となった。
彼女もまた町の男達との性接待からは足を洗った。海女の仕事の傍ら、この港町に活気を戻そうという和也を妻として支えている。
「和也は幸せもんじゃのぉ。あんな綺麗な嫁さんと毎晩まぐわっとんのじゃろ? 笑」
「あんただって、昔は絶倫の旦那と毎晩ヤっちょったろうに。うちの方まで喧しい喘ぎ声聞こえてきとったで 笑」
「それにしても良かったのぉ。美咲ちゃん、ほんに幸せそうな顔しちょるわい」
海女の婆さん達は相変わらず口が悪かった。それでも2人の結婚を心から祝福し、和也をこの町の男として迎え入れた。
海女の港町。
これからも海女達の賑やかな笑い声と、さざめく潮騒が鳴り止むことはないだろう。
終
長らくお付き合い頂きありがとうございました。
※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
※元投稿はこちら >>