ほどなくして磯料理のいい香りが小屋中に広がってきた。テーブルには刺身をはじめウニやホタテなど新鮮な海の幸が所狭しと並べられた。
これほどまでに贅沢なもてなしをまったく予想していなかった和也は、この取材は大アタリだと心の中でそう思いながら旨い料理の数々を堪能した。
タダ飯は申し訳ないと、和也は食後の片付けを申し出た。ミサキと2人で小さな流し場に並んで流れ作業で食器を洗っていく。
『ごちそうさまでした。とっても美味しかったです』
「いえ、さっき獲れたものを並べただけなので、たいした手間もかけられなくてごめんなさい」
『とんでもない、あんなに新鮮な刺身を食べのは初めてですよ。東京じゃなかなか食べられないですから』
「ありがとう。喜んでもらえたみたいで嬉しいです」
彼女のはにかんだ横顔に和也はドキッとしながら、彼女に小声で聞いた。
『あ、あの、、ミサキさんていうんですか? さっきお婆さんが名前を言ってるの聞いちゃって』
「ええ、私、ミサキっていいます」
『海女さんで“岬”だなんて、なんだか素敵な名前ですね』
「うふふ、やっぱり勘違いしちゃいますよね 笑」
『え? 勘違い??』
「ミサキはミサキでも“岬”じゃなくて、美しく咲くほうの“美咲”なの」
『あっ、そうだったんですね、、すみません』
「いいんですよ、慣れてるし。私もネタにしちゃってるとこあるから 笑」
和也は自分の失態を恥じたが、美咲はまったく気にしていない様子だった。
「ところで、お客さんはなんでこんな寂れた町にいらしたの?」
『この町って、少し前に海女さんで有名になりましたよね? それでその後どうなったのか気になって、自分の目で確かめようと思ったんです』
「そう、、見ての通りよね、、流行りが終わったらお客さんもぱったり来なくなっちゃって、、」
彼女の横顔が寂しそうだった。
「そういえば、お客さんのお名前、まだお聞きしてなかったですよね?」
『名前ですか?天野です。天野和也』
「えっ? 海女の和也? 笑」
『あっ、天のほうの“天野”です 笑』
「うふふ、天野さんが海女さんを見に来られたんですね 笑」
『そうですね、ははは 笑』
2人が寄り添う後ろ姿はまるで仲睦まじい夫婦のようだった。
海女の婆さん達はそんな2人を気にも留めず、大きな笑い声をあげて話していた。
つづく
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