D公園は僕の通っている高校からすぐ近くにある博物館に隣接した公園だ。その日の授業は全く頭に入ってない。午後の授業を全部ぶっちぎりたい気持ちだったが、早退してD公園でウロウロしていたらまずロクなことにならないと思い、ちゃんと授業を最後まで受けた。
放課のチャイムを聞いてダッシュでD公園の駐車場へ。同じクラスの連中の目を気にしながら、麗美さんを探す。迂闊だった。麗美さんの車がわからない。しかも公園の駐車場は4ブロックに別れていて、一台一台探すには広すぎる。まだ麗美さんが来ているとは限らないし、どうしたものかと困っていると、目の前の車がパッシングしてきた。
麗美さんだった。
赤のかわいい軽自動車。主婦の乗るセカンドカーという雰囲気の車だ。照れくさそうに、手を振る麗美さんは、白のワンピースを着ていた。
「探した?ごめんね」
「ううん、今来た所」
麗美さんの車の中は柑橘系のいい香りがした。麗美さんを抱きしめた時にする香りだ。
「ちょっと若作りしちゃったかな?似合ってる?」
白のワンピースの胸元が深く切れ込んで、谷間が強調されている。スカートの丈は長めだけど、薄手の生地で透けて見えそうだ。そういえば麗美さんの私服を見るのは初めてだ。
「似合ってますよぉ!すごい綺麗です!『7年目の浮気』のマリリン・モンローみたいです!」
「もぉ~!ひどいんだから!」
僕のほっぺたをツネる麗美さんは、子供みたいにかわいい。僕は褒め言葉で言ったつもりだったんだけど、ちょっとお気に召さなかった様だ。
「じゃあ、行こうか。今日は遅くなっても大丈夫?お母さん心配してない?」
「大丈夫です。うち放任主義だし、空手の稽古で午前様なんて当たり前ですから」
「そう。でもあまりご両親に心配かけちゃダメよ。って、私がそんな事言っても説得力ないね」
麗美さんはポンと僕の頭を叩くと、可笑しそうに笑った。
車が走り出すと、麗美さんは饒舌になった。車の中では他愛もない世間話をした。整骨院での失敗談、高校時代に好きだった男の子が僕に似てたという話、音楽の話、映画の話、施術台では話せない分を取り戻す様に、僕たちは言葉を交わした。
カーステレオからは、スティングの「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」が流れていた。当時の僕には分からなかったが、なんだかとても大人の音楽の様に感じた。
車は街からどんどん離れて行き、林道を登っていく。すれ違う車の数も少なくなり、偶にすれ違うだけになった。日が暮れて車のヘッドライトに照らされた狭い道。何処に向かっているか麗美さんは言わなかったし、僕も訊かなかった。月が綺麗だった。
僕たちはそれまで笑い合い、妙な緊張感を保ちながら林道を走っていたが、急に麗美さんが無口になった。麗美さんの雰囲気が変わったのを肌で感じた僕は、麗美さんを見つめたままどうするでもなく黙るしかなかった。
車の通りは全くなくなった。森の中、車の中の僕たち二人以外存在していないんじゃないかと思うぐらい深い森に来ている様だ。車は本線を外れ、舗装されていない道に入っていく。麗美さんは黙ったままだった。
車は真っ暗な道の途中で停まった。カーステレオのラジオは雑音しか拾ってこない。麗美さんはラジオのスイッチを切り、ヘッドライトを消した。エンジンの音だけが僕たちを包んでいる。辺りは真っ暗になった。
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