内田さんは40年ぶりと言っていましたが、僕も15年以上も初日の出など見ていません。大洋が登り始め、数組のカップルと御家族の姿のもみられました。
きっと、内田さんが最年長と思われます。みなさん、それぞれいろんな思いを持ちながら、初日の出を楽しんでおられました。
内田さんは、しばらく眺めていました。若い方は早々に下山を始めてしまい、僕達はかなり経ってからの下山となります。
僕は、彼女の手を離しませんでした。登山中のスキンシップで、内田さんも僕が触れるのにも馴れてくれたようで、当たり前のように手は繋がれたのです。
時には肩に手を掛けて、コートの上から抱き寄せるように降りていくのです。
登るのにあれだけ時間が掛かったのに、降りるのはあっという間でした。車に乗り込むと、あれだけ触れあっていたのが嘘のように、距離が出来てしまいます。
あの場だから出来た、何でもありの雰囲気は、車に乗ったことで崩れてしまうのでした。
駐車場に車を停め、内田さんのお店の前に付きました。また小さくシャッターが上げられ、内田さんがそれをくぐります。
『ここでお別れ。』といった雰囲気になるのが怖くなった僕は、彼女の後を追ってくぐったのです。目の前に彼女がいました。
まさか僕が入ってくると思っていなかったのか、少し動揺が見えます。僕は手を伸ばして、シャッターのスイッチを押しました。
後ろのシャッターが降り始め、薄暗いお店がますます暗くなっていきます。内田さんは何もなかったかのように、お店の奥にある家の方に足を踏み出しました。
その瞬間、厚着のコート姿の彼女を後ろから抱き締めるのです。
細い内田さんもコートが厚着のため、僕の手は彼女の身体を回りきりませんでした。それでも、しっかりと引き寄せるのです。
内田さんは、困った顔を見せてはいました。しかし、慌てようともせず、立ち止まっているのです。
真面目な、この方らしい対応でした。自分の意見を主張することなく、常に聞き手の彼女。亡くなった旦那さんも真面目そうな方でした。
バラエティー番組など観ない、ニュースばかり観てそうな家庭と想像をしていました。うちと違い、バカみたいな話などしない家庭だったのでしょう。
この女性もそんな家庭に嫁いだのです。長年染み付いた真面目さが、抱き締めた僕から慌てて逃げるという行動をさせなかったのです。
後ろから抱き締めたのはいいが、リアクションの薄いおばさんに僕も困りました。人形を抱いているのと同じなのです。
僅か10秒ほどのことでした。進展のないお互いに覚めてしまい、おばさんは僕の手をすり抜け、家の方に上がってしまうのでした。
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