結婚も考えないといけない32歳が、60歳過ぎた女性に熱をあげていました。ここ数年、彼女がいなかった僕は少し歪み始めていたのかも知れません。
内田さんは車の免許がなく、自転車もほとんど乗っている姿も見掛けないため、毎日の買い物は歩いて、近くのお店や八百屋で済ませているようでした。
その姿は、何度も見ていますから。そこで思い切って、『なんか買い物ない?あるんだったら、車出すよ。』と言ってみたのです。
もちろん、断られました。下手な誘いには、乗って来ません。ところがそれから数週間が経った頃、『ちょっとだけ、お願いしていい?』と乗ってきたのです。
それは、家電量販店でした。何か見に行きたいのだと思います。もちろん、そこで約束を交わします。
しかし、おばさんにも考えがあったのだと思います。1つは、僕の誘い。全部断っていたため、さすがにおばさんも『なんか悪い。』と思ったのでしょう。
もう1つは、やはり我が家との確執問題。せっかく仲良くなり始めた僕と疎遠になるのは、マイナスと考えたのだと思います。
おばさんと家電屋に向かいます。相変わらずの地味な服装でした。それでも、おばさんを隣に乗せているので、場を和ますため僕は一人で話をしていました。
結局は何も買わずに帰ってきたのですが、間違いなくおばさんとの距離は縮まりました。僕には、実感があったのです。
読み通りでした。おばさんも気を許し始めてくれていて、その後も出不精なおばさんを、何度か外に連れ出すことに成功をするのです。
クリスマスにはケーキを買って訪れ、数十年ぶりに内田家の中に足を踏み入れました。おばさんの気持ちの変化も僕は感じていたのです。
大晦日。正確には、正月が開けた深夜。僕はおばさんのお店のシャッターの前でいました。シャッターが少しだけ上り、厚着をしたおばさんが出てきます。
『いこ?』と言って、僕の車に乗り込むと、車はとある場所に向かいます。僕はこの日、初日の出に誘い出すことに成功をしたのです。
内田さんも、もう40年以上見たことがないと言っていました。むかし見た思い出が甦ってきたのか、誘いに乗ってきたのです。
おばさんもこの頃になると、自分を連れ出してくれる僕に、少し気持ちが揺らいでいました。
おばさんの出不精は性格ではなく、ただ連れ出してくれる人がいなかっただけなのです。見たいものは、彼女もちゃんとあるのです。
近くの小さな山登りが始まりました。おばさんの記憶では、昔かなりの人が登っていたそうですが、すれ違う方は数人しかいません。時代なのでしょう。
『あぁ~、ちょっと休ませて。』、かなり我慢をしていた様子の彼女が、ついに弱音を吐きました。美人なお顔ですが、60歳です。無理もありません。
僕も結構苦しいのですが、彼女を前に強がって平気な顔を作ります。それを見た内田さんは、『タカくん、しんどくないの?』と言ってくれるのでした。
300mほどの小さい山でした。山道もちゃんと整備をされています。しかし、山登りなど馴れていないため、あとどのくらいなのかが分かりません。
内田さんも、そろそろ本気で辛そうです。少し登っては、息を整えます。初めて手を握ったのは、その時でした。
『ゆっくりいきましょ?』と彼女の手を握ったのです。そっと握ったはずの手は、登り始めるとしっかりと握り始めていました。
更に彼女がとまった時、背中や腰をマッサージのように押して上げたりして、二人の距離が縮まっていくのを感じるのです。
頂上に着く頃には、人の姿も見え始めます。僕は内田さんの肩を持ち、抱えるように登っています。ほとんど、恋人のように抱き締めていたのです。
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