年が一つ積み重ねられて既に数週間が経った。
家の三人は”ゆう子“と云う心通う家族を迎え容れて、身も心も新たにして日々の生活へと戻って居た。
そんな或る日。
雅美「ねえ?お母さ~ん!」
雅美が麻由美を呼んでいる。
何事かと彼女が尋ねると・・。
雅美「私ね、出来ちゃった、みたい・・」
麻由美「できた?・・・」
「・・・・・!」
「あっ、赤ちゃん、が?!・・」
雅美「うんっ、多分・・」
「今、判った、の」
彼女はこの日、自身の生理事情から、ふと思い付き妊娠検査薬を試して見たのであった。
雅美「これって・・陽性反応でしょ?」
麻由美「はあ~、恐らくね!」
麻由美の心は複雑では有ったが、やっと誰かに背中を押して貰った安堵感の方を強く意識する。
何しろ愛する娘に、自らにとっての孫が出来たのだ。
これでいつの間にか妄想として創り上げて仕舞った子作り願望に終止符が打てる。
彼女は漠然と、そんな気がしていた。
雅美「なに?!!」
「喜んでくれないの?!」
麻由美「えっ?・・あ、いや・・」
「・・うんっ、そうだね・・」
「そうだよ!こんなに嬉しい事は無いよね!」
雅美は痛い程に彼女の気持ちが分かるが、そこは敢えて考えない事にした。
後は過ぎ行く時間が解決してくれる。
雅美は、そう考える様に気持ちを入れ替えていた。
康治「えええっ?・・・」
「本当、に?・・・」
彼は仕事から帰って来るなり、彼女から事情を聴かされて驚く。
自分が父親に成りつつある事など、彼にとって余りにも実感が湧いて来ない。
彼は只々、彼女のお腹を見つめていた。
康治「雅美と、私の・・・」
茫然と立ち尽くす彼の手を取って、その彼を見上げて彼女が云う。
雅美「これからも・・しっかり働いてよねっ!」
「お父さん!!」
彼は黙って真剣な面持ちと成りながら、ゆっくりと頷いた。
そんな二人のやり取りを見ながら、麻由美は顎を上げ目を潤ませながら感慨にふける。
小さかった頃の娘の姿を思い出しながら。
そして若かった頃の自分を懐かしみつつ。
数日後の午後、一家の女による、女の為だけの会議が開かれた。
議長は麻由美である。
麻由美「それでは私達だけの会議を開きます!」
ゆう子「あの、会議って?」
雅美「議題は?・・」
麻由美は大仰に言い放ったが、要するに女だけが集まってお喋りをする、いつものティータイムである。
だが、その内容はいつもより遥かに濃い題目である。
麻由美「雅美が妊娠をしました!」
ゆう子「やった~~!!」
「おめでと~!!」
「今の気分は?」
雅美「はい!とても嬉しいです!!」
「このお腹の中に新しい命が存在するなんて・・」
ゆう子「きゃあぁぁ~!!」
「触ってイイ?」
雅美「ええ!どうぞ!」
ゆう子「う~ん、何だか良く分からないなぁ~」
「でも、この中に二人の赤ちゃんが・・」
「居るのよ、ね!」
雅美「はい!」
麻由美「みんな!!・・何、盛り上がってんの!!」
「本日の命題は大変な事なのよっ!!」
ゆう子「何が大変なの?!」
麻由美「何がって・・」
「貴女の事なのよ!!」
ゆう子「わたしっ?!!」
麻由美が話したかったのは、ゆう子の今後についてであった。
ゆう子「私は・・今のままで充分に・・」
麻由美「貴女は真剣味が足らない!!」
「そして、現実を直視してない!!」
麻由美は自らの調査の成果をゆう子に披露して行く。
高齢出産の難易度と、それに伴うリスクを。
彼女の熱弁はゆう子の心と意識を次第に動かして行く。
ゆう子「じゃあ、どうすればいいの?」
「どうすれば・・問題が解決するのかな?」
雅美「ここから先は、私が説明します」
次に雅美が登場し、彼女の持論を展開して行く。
ゆう子「代理、出産?・・・」
雅美「そうなんです!」
「ゆう子さんの卵子と彼の精子を体外受精させて・・」
ゆう子「他の人に、産んで貰う・・の?・・」
雅美は母の為に、海外で代理母になる決心までしていた。
ゆう子「雅美ちゃん・・・」
「そこまで思い詰めてたの?・・」
雅美「でも・・やっぱり無理でした!」
「法律の規定が難しくて、よく分からないし・・」
「だから、それって荒唐無稽な行為なんだなって・・」
「でも、でもね・・ゆう子さんの場合は違うと思うの!」
「キチンと正式な手続きを踏んで、海外迄出掛けて行けば!」
麻由美「日本では賛否両論が有るみたいだけれど・・ねえ・・」
基本的には母体に障害が認められる女性が目指す出産方法ではあるが・・。
彼女らの意見にゆう子の心は揺れた。
だが今となっては選ぶべき道は一つしか無い。
彼女は思い切って決断して行く。
ゆう子「分かった・・やってみる!」
彼女が意志を固めれば話は早い。
彼の渡航を含めた関係機関への依頼話を皆で詰めて行く。
ゆう子「何だか少し・・怖いな・・」
数百万の費用が掛かる割には、成功率が極めて高い訳では無い。
だが彼女の不安は費用の問題では無い。
責任ある彼女の立場では、世間からの視線も当然気になって仕舞う。
麻由美「私は挑戦出来なかったけど・・」
「その分、しっかりと応援させて貰うよ!」
雅美「そうね!私もサポートする!」
康治の居ない場所で完璧に近いプランが練られて行く。
その頃、仕事中の彼は・・・。
康治「へ~っくしょん!!」
「んんっ?・・今日はくしゃみが止まらないなぁ!」
彼は三人分のくしゃみを一手に引き受ける役割であった。
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