ダイニングキッチンから居間へと移動したゆう子と康治は共に無言のまま、スイッチを入れた時に現れたテレビ番組を何気なく見ていた。
その時間が余りにも長くなってしまったが為に、彼は仕方なくテーブルの上に在るリモコンに手を伸ばす。
康治「あの・・え~と、紅白でも見ますか?」
ゆう子「あっ、はい!」
「おねがいします」
時刻は11時を廻っている。
番組内ではフィナーレへ向けて徐々に盛り上がりを見せていた。
だが二人の居る部屋の空気はキツく固まったままである。
その空気感に耐えられなくなったのか、もしくは緊張を強いられている彼に申し訳無く思ったのか。
彼女が満を持して重い口を開いた。
ゆう子「あの・・康治さん?・・」
「あっ!・・ごめんなさい!」
「勝手にお名前を呼んだりして・・」
康治「い~え~!」
「何なら、呼び捨てでも結構ですよ!!」
「それと、敬語は厳禁です!!」
「もし使ったら、罰金を徴収しますから!」
二人は顔を見合わせて笑う。
場の雰囲気は一気に柔らかくなった。
ゆう子「じゃあ・・じゃあいつもの私で行きますよ!」
康治「どうぞ!どうぞ!」
二人は先ず趣味の話で盛り上がった。
彼女は意外にもモータースポーツの観戦が好みだと云う。
偶に三重県の鈴鹿まで行って、F1を見に行く事があるらしい。
ゆう子「もうねっ!!すっごい音なの!!」
「それとね!ビューンってスピードが目にも止まらないのっ!!」
彼女は身体でアクションを加えながら、その迫力を伝えようとする。
そして、ひとしきり説明を終えた彼女は彼へと話を振る。
ゆう子「次は康治さんの番よ!」
康治「私?・・私は・・」
彼は思いあぐねて学生時代の水泳部での話をする。
また、それを面白おかしく表現するものだから彼女は腹を抱えて笑って仕舞う。
二人の距離は確実に近付いて来た。
するとテレビの画面から懐かしいヒット曲が流れて来る。
ゆう子「あっ、この曲大好きだったの!」
康治「私もです!」
二人は音声のボリュームを上げようと、ほぼ同時にリモコンへと手を伸ばす。
ゆう子「あっ!!」
康治「あ、失礼!!」
彼の手が彼女を一瞬だけ包み込む。
二人は、サッと手を引っ込めて仕舞う。
その光景は、まるで初体験を控えた少女と少年の様であった。
彼女は彼の手のぬくもりが意識から消え去らない内に、自らの全てを告白しなければならないと悟る。
そして彼女は重い口を開いて行く。
ゆう子「あの・・あのね・・」
「私って変な女・・でしょ?」
彼は彼女の言葉を優しい表情で、只聞くのみである。
ゆう子「こんなに皆さんに迷惑を掛けてまで・・」
「自分の意志を通そうとするなんて・・」
彼女は一瞬、言葉を溜めてカミングアウトをして行く。
ゆう子「私ね・・実は経験が・・殆ど無いの!」
「ロストバージンした相手だけ・・」
「それだけ・・」
彼女は女子大生の頃に交際していた男が居た。
その男はルックスは良かったが性格に激しい裏と表があった。
付き合い始めて暫くは、優しさを前面に押し出してはいたが、いざSEXに挑む場面となるとその性格が豹変した。
彼女の身体を物の様に扱い、その感情を全く無視して来た。
愛の欠片も無いその行為は延々と続き、彼女の性意識を根底から破壊して行く。
結果、彼女は男性恐怖症になり、その後一切異性との交わりが出来なくなってしまったのである。
彼女は敢えて自虐的に、顔に笑みを浮かべながら淡々と語って行く。
その表情がやけに痛々しかった。
そして彼の方にも苦い思い出がある。
雅美の魅力に取り付かれ、一方的な愛を押し付けて仕舞った過去があった。
だが彼は彼女の大らかさに救われた。
今、ゆう子と二人で居る、この状態ですら彼女の手の平の上に在る。
彼は、だからこそゆう子の為に何かをしなければならないと思った。
ゆう子「だから・・だからね!」
「私・・途中で逃げ出しちゃうかも・・しれない・・」
「ぜ~んぶ、こっちの都合でお膳立て・・」
「して貰ってるのに・・ね!」
ここまで話すと、彼女はポロポロと涙をこぼし始めた。
彼は無意識に、その涙で濡れる彼女の頬を舐めて行く。
ゆう子「えぇ?! っはあぁっ!!」
彼女は目を瞑って背筋を伸ばして、彼の行為を受け容れる。
彼の子猫の様な動きの舌は、いつまでも彼女の頬を舐め続けていた。
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