康治「ゆう子・・さん?」
三人を代表して彼が彼女に尋ねる。
彼女は、はまり込んでしまった笑いのツボから、ようやく這い出す事が出来たのか、ハンカチで目尻を抑えながら彼に詫びを入れる。
ゆう子「ごめんなさい・・ホントに・・私ったら・・んんっ、プッ!(笑)」
彼女は抑えた笑いが余程身体に堪えたのか、テーブルを前にしてぐったりと椅子にもたれ掛けている。
しかし、何はともあれ、ゆう子が機嫌を悪くした訳では無い事が分かって、三人は安堵した。
雅美「じゃあ、そろそろ・・初めていいかな?」
麻由美・康治「いいとも~!!」
彼女は皆の了解を得て、鍋のコンロに火を入れる。
ようやく鍋パーティーが始まりを告げた。
麻由美「あっ、私、ネギは要らないからね!」
雅美「もうっ!!分かってますって!」
康治「あのう・・もう少し火加減を弱くした方が・・」
「お肉が硬くなっちゃうんじゃ・・」
雅美「このままでイイのっ!!」
「最初はいっぱい灰汁が浮くでしょ?」
雅美奉行を筆頭とした三者三様の楽し気な掛け合いに触れて、ゆう子は先程とは打って変わってしんみりとして仕舞った。
ゆう子「一家団欒、かぁ~、・・」
「久しく味わって無かったなぁ~」
雅美「どうしたの?」
「ゆう子さん?」
雅美は自然と彼女の呼び方を決めていた。
ゆう子「うんっ、家族っていいなぁ~ってね!」
「今、思ってた訳!」
「あっ、別に・・ひがんでるんじゃないのよ!」
「只、単純に・・そう思ったの・・」
「・・それだけ・・」
彼女は自分の人生の大半を只ひたすらに、事業の拡大と拡充に充てて来た。
自らの女の一生を敢えて費やしてまで。
だからこそ決して後悔などはしていない。
だが、その代償は大きかった。
彼女には本当の意味で、素の自分をぶつける相手が居なかったのだ。
寂しいなどと云う陳腐な言葉は使いたくなかった。
それが彼女の心意気であり、プライドの証明でもあった。
しかし今、何も”てらい“の無い心で”もてなし“てくれて、且つ尽くしてくれる人達が目の前に居る。
彼や彼女らは一つの打算すら無い状態で自分に接してくれて居る。
彼女には、それこそが何よりも嬉しかった。
彼女にとって、この場所には微々たる警戒心も要らないのである。
彼女は黙って眼を閉じて、感激の余り目頭を熱くして仕舞う。
そして、それを見た麻由美は、また彼を糾弾する。
麻由美「貴方、また何かしでかしたの?」
「まさか!!・・ゆう子をイヤラシイ目で見てたんじゃ?」
彼も麻由美からの掛け合いには慣れていた。
得意の?ボケでそれらを回避して行く。
康治「イヤラシイって・・」
「ゆう子さんの身体の方が余っ程イヤラシイ体型だと思う、けど・・」
雅美「あ~!!」
「やっぱり!!」
「イヤラシイ目で見てたんだ~」
麻由美「貴方ってホント、イヤラシイわっ!!」
最後は彼がイヤラシイ存在だと云う事で片付いて仕舞った。
彼は既に、この家にとって欠かせない存在にまで成っていた。
そんな彼女らの行いにゆう子の心は癒され、温かくほだされて行く。
自分の存在はこの家にとって、邪魔者などでは決して無い。
彼女は暖かなテーブルを前にして、彼女らとの一体感を徐々に増して行った。
雅美「最後は・・ジャ~ン!!」
「これで”締め“で~す!!」
雅美が最後に用意したのは年越しそばであった。
麻由美「なに?!・・まだ有ったの?」
「もう、お腹に入んないよ~!」
麻由美は、そう言いながら別腹でツルツルとそばの”のど越し“を楽しんでいる。
ゆう子はその姿を見て笑い、雅美と康治もつられて笑って仕舞う。
”楽しい楽しい“その日の夕餉は皆の記憶に刻み込まれて行く。
そしてパーティーは終わった。
時刻は、そろそろ10時半を廻る頃である。
片付けも全て終わってひと段落着くと、麻由美が徐に口を開いた。
麻由美「さ~てと、雅美!」
「私達は出掛けようか?」
雅美「うんっ、そうね!!」
康治「えっ?何?」
「君たち、何処へ行くの?」
麻由美「実は、これから・・」
「駅前のシアターで・・」
「年越しオールナイトロードショー祭りがやってるの!!」
一体、どんな祭りなのであろうか?
雅美「う~ん!あの名画が見られるなんて・・」
雅美はうっとりとして空を見上げている。
麻由美「じゃあ、貴方たち・・」
「留守番をよろしくね!」
雅美「よろしく~!」
麻由美「あっ、それから・・」
「帰りに二人で初詣も済ませて来るから・・そうねぇ~」
「戻って来るのは朝方かな?」
雅美「朝方になりま~す!」
麻由美「それじゃ、行って来るねっ!!」
彼女らはご丁寧にも帰りの時刻まで申告して、いそいそと出掛けて行った。
後に残されたのは、あっけに取られた二人である。
康治とゆう子は顔を見合わせて、目をパチクリとまばたかせていた。
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