師走も大詰めを迎えて、今日は大みそか。
最寄りの駅から歩いて10数分の辺りに在る麻由美の家では、家族全員が年越しパーティーの準備に追われていた。
勿論、かの”ゆう子“の歓迎も大いに兼ねている。
雅美「お母さん!!」
「食器棚から、えっと、その、・・それっ!!」
「それ取って!!」
麻由美「それ?!」
「それって何よっ!!」
雅美「だからその、黒い器!!」
麻由美「ああ!これねっ!!」
康治「雅美ぃ~、塩ってどれ?」
「何処にあるの?」
「えっと、これかな?」
雅美「違うって!!」
「右上の収納!!」
「そうそう、そこ!!」
使えない二人を何とか騙しだまし指示しながら、雅美は自慢の手料理を幾つも披露して行く。
雅美「ふうぅ~!」
「まっ、こんなとこ、かな?」
テーブルの上にはメインのすき焼き鍋を中心に、色とりどりの美味しそうな料理が並ぶ。
雅美「美味しそう、だなんて失礼ねっ!」
「美味しいの!!」
麻由美「はっ?雅美?誰に向かって言ってるの?」
失礼致しました。
美味しい料理と”ネット“で注文した、老舗料亭が提供する豪華なおせちも早々と並んで居る。
雅美「仕方ないでしょ?!」
「こればっかりは時間と手間が掛かるんだから!!」
彼女の言い訳は置いておくとして、傷心のゆう子に少しでも華やかな気分を味わって貰いたい雅美の心尽くしであった。
麻由美「遅いわね~・・・ねえ?」
「今、何時?」
時刻は午後7時過ぎである。
彼女との約束の時刻になったばかりであった。
そんな麻由美の杞憂を他所に、家の前に車の停まる音がした。
ゆう子が乗って来たタクシーである。
ゆう子「ごめんください・・」
呼び鈴を受けて麻由美が迎えに行くと、やや控えめな声と態度で彼女が登場した。
麻由美「やだっ!!」
「なに遠慮してるのよ!!」
彼女は申し訳なさそうな笑顔で応える。
麻由美「ささっ、どうぞ!」
「お入りになって!」
ゆう子「お邪魔しま~す・・」
飽くまでも控えめな彼女であった。
その本日のファッションもやや控えめなカジュアルで、白のピッタリとしたデニムとゆったりとした短いブーツを履いている。
上は濃い赤のえんじ色をしたカシミアのセーターに何の変哲もないグレーのコートを羽織って来た。
正に今の彼女の心境を表している様である。
そんな彼女の地味な姿を目にして麻由美の心は更に引き締まり、熱く燃えて行く。
何とかして、この打ちひしがられる親友を励ましつつ盛り上げて行きたい。
麻由美は、そう心に誓った。
雅美「ゆう子おばさん!!」
「いらっしゃい!」
「お久しぶりです~」
麻由美がゆう子の横顔へ目配せをしながら、雅美に口元の動きで強く訴える。
その無言の口元からは、”おばさんは・・“と聞こえて来た。
それに応えて雅美は”うんうん“と首を縦に振る。
その後麻由美は顔をしかめて”ぶんぶん“と首を横に振った。
ぁぁっ!!っと得心した雅美はゆう子に向かって言葉を選び直す。
雅美(ゆう子・・ゆう子・・)
「えっと・・・・・」
「ぁっ!!そう!」
「ゆう子お姉さん!!あっ、いや違う・・」
「ゆう子お姉様!!」
彼女の言葉を聞いたゆう子は目を丸くして驚く。
だが麻由美と雅美のやり取りを受けて部屋の空気は固まり切っていた。
そこで麻由美は彼の方を向いて、何とかせよと目で訴える。
いきなり話を振られた彼は焦りまくって考える。
すると何を思ったのか、ワイン好きと知っていたゆう子の情報を基にテーブルの上に在るワインを手に取った。
康治「そうそうっ!!」
「このメチャクチャ古いワイン!」
「私が奮発して手に入れました!!」
「ゆう子さんにピッタリだと思っ・・て・・?」
麻由美・雅美(古い!!だと?・・)
彼女らは彼を睨み付ける。
彼は、その視線を受けて直ちにひるむ。
ゆう子は目の前の3人が繰り広げている光景が、只々コントの様な面白さで満ち溢れて居る為に、無言で腹を抱えて仕舞った。
麻由美「ゆっ、ゆう子?!!」
「どうしたの?!!」
雅美「ゆう子おばさ・・じゃなかった!!」
「えっと・・そう!!お姉さま!!」
ゆう子はお腹が捩じれる位の可笑しさに、笑いを堪えてひたすら耐えていた。
だがその様子を見た麻由美は、彼女が更に傷ついて仕舞ったと勘違いした。
麻由美(貴方の責任でしょ?)
(何とかしなさいよっ!!)
麻由美はこれ以上無いと思われる様な怖い顔で彼を睨み付ける。
しかし彼は必死になって首を大きく振り、無言で自分に責任は無いとアピールをする。
ゆう子「・・・っくっ!!・・ふぅんっっ!!・・」
「・・プッ!!(笑)・・ふふっぅ!・・」
そして遂にゆう子は耐えきれなくなった。
彼女は目から涙をこぼしながら大きな声で笑いだして仕舞った。
ゆう子「あはははっ!!・・もうダメ!!」
「堪んない、よっ!!」
「くふふっ!はははっ!!・・もう、許して~!!(笑)」
もう、こうなって仕舞ったら彼女の笑いは止まらない。
腹を抱えて悶絶しながら髪を振り乱す。
彼女は自分自身で歯止めが効かなくなって仕舞った。
その彼女の変貌振りを見て、3人は只々立ち尽くすばかりであった。
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