菜々子さん_くちゅくちゅだね その18
草津へ行ってからひと月ほど経ったある日。
菜々子から午後のお茶に誘われた貴行は、そこで衝撃の言葉を聞いた。
彼女が妊娠したと云う。
「この前、検査薬で陽性反応が出たの」
「それでね、病院に行ったらおめでただって言われた」
彼も覚悟はしていたが、ついにその時が来た。
何と言って反応すればよいものか。
彼は、取り敢えず
「義姉さん、おめでとう」
と言った。
彼女は
「うん。ありがとう」
と、応えてにっこりと笑った。
あれだけ彼女と身体を併せて来たのだ。
いつかは、こんな日が来るとは思っていたが、意外と早くその日は訪れた。
今、彼女のお腹の中には、自分の赤ちゃんが居る。
全く想像も出来なかった感覚だ。
生物学的には、自分はこの子の父親となるのだ。
しかし、状況は複雑だ。
これからどうして行けばよいのか、彼には厳しい現実であった。
その彼の顔色を読んだ菜々子が、貴行に言った。
「前にも言ったけど、貴方は何も心配しなくてもいいの」
「全部私に任せて、ねっ!」
彼女は明るく笑顔でそう言った。
彼も分かったと笑顔で応えた。
実際には、この先暫くして母が一時帰国をするという。
彼女と母、そして兄一貴とはもう話が出来上がっているらしい。
貴行はホッとした。
とりあえずは無事に、前に進んで行けそうである。
だが少し残念でもあった。
自分は男として何も責任を果たせていない。
蚊帳の外の様な感じがした。
そしてもう、彼女のあの素晴らしい身体とは、お別れをしなければならない。
自分勝手だが、少し寂しかった。
その後、数か月が過ぎて彼女は安定期に入ったようだ。
母も久しぶりに帰国して家の中は賑やかになった。
次の日曜日には安産祈願をするそうだ。
兄との関係は複雑だが、意外と割り切ってくれている。
ならば、自分も一線を画すべきだと感じた。
もうすぐ家を出て、近くのマンションへ引っ越すことにした。
彼女は、わざわざそんな事を、と言ってくれたがもう決めたことだ。
引っ越し当日、彼女はわざわざ外へ出て、私を見送ってくれた。
「なんだか、寂しくなるわね」
そう言ってくれた。
「すぐ近くだし、何かあったら直ぐに呼んで下さい」
と返した。
そして別れ際に言った。
「じゃあ、また。 菜々子義姉さん」
彼女は、それをうけて
「菜々子ねえさん、て・・・」
彼は
「これなら文句はないでしょ」
と言って出て行った。
確かに文句は無かった。
ただ彼女には一つ注文があった。
「二人目も、よろしくね!」
そんな思惑など、彼には知る由も無かった。
完
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