菜々子さん_くちゅくちゅだね その11
家に帰って、貴行は仕事を始めた。
単価の低い仕事でも締め切りは厳守である。
そうそう、のんびりとはして居られない。
だが、なかなか仕事が手につかない。
菜々子の事が気になって仕方が無い。
明日になれば、兄が出張から帰って来るのだ。
そんな時、扉が、コンコンと鳴った。
「夕飯が出来ましたよ~」
菜々子の声だ。
彼は仕事を中断して、下へと降りて行った。
彼女は料理が上手い。
貴行はいつも、彼女の手料理を食べることが大好きだった。
こんな奥さんが居たらなあと、いつも思っていた。
しかし現実は厳しい。
彼女には兄と言う夫が居るのだ。
兄はクールな面も有るが、優しかった。
そんな兄を一方的に裏切るわけにはいかないのだ。
彼は苦しかった。
そんな貴行を見越してか、菜々子が言った。
「一時間後に私のところに来てくれる?」
「大事な話があるの」
いつになく彼女の表情は真剣であった。
彼は、その言葉を心して聞いた。
そして
「はい」
とだけ言った。
貴行が菜々子の寝室に行くと、彼女は床に正座をして待っていた。
そして、おもむろに立ち上がって彼をベッドへと導いた。
二人でベッドの横に座って、彼女は口を開いた。
「赤ちゃんが欲しいって言ったのは本当よ」
「貴方、貴行さんの、ね」
彼は驚かなかった。
気持ちは通じていたからだ。
しかし。
「でも、私には夫がいる」
「でも、でもね、私から彼に話そうと思っているの」
菜々子と一貴は以前、子供の事をよく話していた。
一貴の治療の際にである。
跡取りは欲しい。
しかし、他人の遺伝子を家に入れるわけにはいかないと。
彼、一貴は分かってくれている。
私や貴行さんの性格を。
むやみに情に流されることはないと。
だから、子作りに関しても、私達に任せてくれるはずだと。
「貴方が好き。 でもね私には夫が居るの」
「夫も愛してる」
「こんなひどい女でも、この先貴方は付き合ってくれる?」
彼女は眼に涙を溜めている。
そんな彼女がとても愛おしかった。
「義姉さんだったら」
「僕は構わないです」
すると菜々子が
「また、 義姉さんって言った」
と言って涙をこぼし始めた。
そんな彼女が堪らなく可愛らしかった。
つづく
※元投稿はこちら >>