麗子と正也はその日一緒に夕食をとっていた。
もちろん麗子の手作りの食事であったが、サッカー日本代表のWカップ予選の試合があり、茶の間のテレビには試合の映像が流れていた。
正也は食い入るように画面を見つめ二人の間に会話は存在しなかった。
麗子はとてもそれが不満であったが、その不満を口に出したところで何が変わるということもない事を悟っていたので黙って同じ画面を見つめていた。
ルルルルルル。
電話が鳴った。
もちろん正也が出るはずもなく仕方無く麗子が受話器を取った。
「はい、高橋でございます。」
「奥様・・・。」
聞き覚えの無い男の声であった。
「実はご相談がございまして・・・。」
「はあ?」
「いえね、奥様の浮気に関するご相談なのですが・・・。」
その言葉に麗子の顔から血の気が引いた。
麗子は表情を変えず正也に背を向けた。
男は低い声で続けた。
「明日10時にIモールの立体駐車場2Fまで来てください。そこで詳しいご相談をさせていただきたいと思いますので。」
「は、はい・・・、わかりました。」
「じゃあ奥さん時間厳守でお願いしますよ。」
そう言うなり男は電話を無造作に切った。
麗子は一瞬我を忘れていたが、すぐに冷静さを取り戻した。
今の男は誰だろう?
何故隆志とのことがばれたのだろう?
そして話とは何なのだろう?
「麗子、今の電話何だった?」
正也が怪訝そうな顔で聞いてきた。
「いえ何でもないわ。町内会のことで連絡だったんだけど、会長さん風邪みたいでいつもと声が違っていて分からなかったの。」
「そうか、それならいいんだけど。」
そう言うか言わないかのうちに正也の興味はサッカーの試合へと移っていた。
隆志に相談をするべきだろうか?
いや、隆志にそんな心配をさせて私への気持ちが無くなったら・・・。
だめだめ、そんな事にでもなったらせっかくの二人の関係が水の泡だわ。
ここはとりあえず明日話を聞いてみよう。
その結果次第で隆志に相談するかどうかを決めても遅くないわ。
麗子はそう自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。
翌日朝、正也を送り出した麗子は気が気ではなかった。
こんなにも時間が進むのが遅いと感じたことは無かった。
そして約束よりも10分も早く指定のIモール立駐に到着した。
車を止め時計を見て早かったかと思った瞬間運転席の窓をノックする背広姿の男が・・・。
窓を少し開けると男が
「私の車へ」
そう言い残し3台横の白のメルセデス・E350ブルーテックに乗り込んだ。
麗子は男の後を追い、メルセデスの助手席に滑り込んだ。
と同時に男はメルセデスを発進させたので麗子は驚いた。
車の中で話をするものだとばかり考えていたからだ。
まずい状況かも?
そう思ったが後の祭りだった。
車は高速のインターへ向かっている。
話しかけようとしたが何をどう話したらよいか分からない。
そうこうしているうちに車はインター傍のラブホ街の一軒のホテルの駐車場へ。
「えっ、ここは・・。」
「そうです、3日前に奥さんが恋人と愛し合ったホテルですよ。奥さんの浮気の話をこれからするのだから喫茶店やファミレスではダメでしょ?こんな所でないとだれに聞かれるか・・・。」
そう言うと男は車からさっさと降り入口の方へ歩き出そうとした。
麗子は言われるままに従わざるを得ず男の後を追った。
2人が入室した部屋は一番高い部屋で入ってすぐ左に洗面・バス・トイレがあり、真直ぐ進むと大きな部屋で手前にソファー奥にベッド、その奥に簡単な仕切りで仕切られた部屋がもう一部屋あった。
ベッドにはお決まりの照明・BGM等をコントロールするスイッチがいくつもあり、その横にコンドーム・電マ・消毒用エタノールが無造作に置かれていた。
男はソファーに座り麗子にも座るように促す。
麗子は何時でも逃げ出せるようにバッグを離さず、ソファーの端に浅く座った。
男は上着のポケットから名刺を出し麗子に
「私はこういう者です。」
「興信所?」
「はい。」
「実は貴女のご主人様からの依頼で、貴女の調査をさせて頂いておりました。」
正也が?
麗子には意外であった。
結婚当初はラブラブであったのに今ではほとんど私に関心を持っているように感じられなかったからだ。
「最近妻の様子がおかしいと私どもの所へ調査を依頼されたのが6日前、そして3日前に奥様がまさにこのラブホテルで密会するところを写真に収めさせていただきました。」
そういいながら男は写真を3枚取り出し麗子に手渡した。
そこには麗子と隆志が肩を組みながらラブホに入る様子がはっきりと写されていた。
「こういう写真は証拠として改ざんできないようにフィルムの写真を使うのですよ。デジカメの写真だといくらでも修正出来ますからね。この写真の他にも約20枚の写真があり、もちろんネガも保管しています。」
しまった、正也のことを甘く見ていたと麗子は思った。
そんなに繊細な面を持っているとは・・・。
しかしこの男は何を相談したいと言うのだろう?
「それでご相談とは?」
単刀直入に麗子は話を切り出した。
「ご主人様への報告の期限が明日なのですよ。」
「それでね、どうしたものかと・・・。」
そう言いながら男は麗子の胸元から腰、そしてすらっと伸びた脚を舐めるようないやらしい目で見た。
「このまま真実をご報告するのが筋なのですが、そうすると奥様は大変お困りになるでしょう?」
「ご主人様だって奥様が浮気をしている事実を知ればいい気持ちのいい筈がないですしね。」
「いったい何が言いたいのでしょうか?」
回りくどい話に少しムッとして麗子が言った。
「単刀直入にこの写真とネガを買い取って頂きたいのです。」
「調査には証拠が無ければなりません。そしてその証拠は写真とネガなのですよ。なのでこれらを奥様が買い取ってくれたのなら私は奥様に怪しい所なしの調査報告書を提出して一件落着なのです。そうすれば奥様もお喜びになるでしょうし私の懐も、そしてご主人様もご安心され全てが丸く収まるのではないかと・・・。」
「わ、わかりました。おいくらなのでしょうか?」
麗子は早く話をつけこの場から立ち去りたい、そう考えていた。
「そうですね、200万ではいかかですか?」
「200万?無理です、そんな大金。絶対無理です。」
「しかし奥様、浮気が発覚した場合の慰謝料は大体そんなものですよ。むしろお安いのでは無いでしょうか?全てが丸く収まり奥様にも×が付かないし、隆志さんと言いましたかね、彼ともこれまで通りお楽しみになれるのですから・・・・。」
男は隆志の事まで調べ上げているのだ。
このままだと隆志にも何かあるかも。
そう考え麗子は金額の交渉を始めようと考えた。
100万位なら主人にばれることなく何とかできそうだと考えたのである。
最悪の場合は隆志にもいくらか・・・。
「私は専業主婦です。お財布も主人が握っていて今用立て出来るのは80万程です。何とかそれで勘弁していただけないでしょうか?。」
「はいわかりました、と言ってあげたいところなのですが、正直こればかりは無理なのですよ奥様。」
「じゃあ100万。これ以上は・・・。」
「だから無理だと言っているでしょう!。」
麗子は困ってしまった。
全く取り付く島もないそんな状況であった。
気まずい沈黙が続いた。
※元投稿はこちら >>