3月31日の業務を終え総務部の社員が集まり送別会が催された。
沙紀も都合をつけて出席してくれ末席の方に座っていた。私のほかにも5人が異動となり、送られる側の席について部長の送別と労いの言葉をいただき、一人ひとりがお礼と別れの挨拶をした。
私も5年間仕事で皆さんにお世話になったお礼と、単身赴任の身でも放課後は楽しい私生活を送ることができたこの地への感謝を述べ、沙紀もうつむき加減で聞いていた。
乾杯で一気に宴会モードになるのが我が部署のいいところで、注ぎつ注がれつ早々に酔いが回ってきた。私も立ち上がってお酌に回り、特に部下には仕事で苦労させたお礼と、今後もここを離れはするがよろしくと労を労った。早く沙紀の席に行きたかったが、他の人に気づかれるような態度をとってはいけないと自分に言い聞かせ、最後に彼女の横に座った。
「いろいろありがとう。これからもよろしくね。」寂しそうな顔で見つめる沙紀にそう言うと、「課長に会えてよかったです。本当にこれからもよろしくお願いします。これからは支店長って呼ばなきゃいけませんね。来てくれるの待ってますからね。」と少し涙ぐんだ眼をして応えた。
「本社に会議や打ち合わせで来る機会があるから、来るときは事前に連絡するよ。」少しだけ沙紀がほほ笑んでくれた。
美しい顔立ちをしている沙紀はやはり男どもの注目の的のようで、私が少し話したところへ割り込んで、「課長、口説いてんですかぁ?」と沙紀の隣に座ってくる者がいたり、「沙紀さん二次会にカラオケに行きましょう。」と離れたところから声をかけてきたりと、二人きりで別れを惜しむどころではなくなってしまった。
一次会は21時過ぎにお開きとなり、その後はカラオケに行く大きな集団と引き続き呑みに行く連中と帰宅組に分かれた。沙紀はカラオケ組に誘われていたようだが振り切って駅の方向に歩いて行ったから、帰ったんだろうと思っていた。
私はカラオケで騒ぐ気もなかったので、呑みに行くという部下2人に声をかけ混ぜてもらい、通い慣れた居酒屋に向かった。すでにアパートは引き払い3日前からホテル住まいで、明日はゆっくり支社に向かうだけのため多少二日酔いになるくらいで構わないと、いつものジョッキワインを頼んで、店主にも別れの挨拶をした。
しばらくするとラインが着信し、見ると沙紀からだった。
『二人きりで会いたくて、みんなの誘いを振り切って駅の南口に居ます。来てください。お願いします。』
『次の店に入ったばかりなので、少し待っててもらえますか?』と返すと、『待ってます。』とすぐに返信が来た。
「悪いなあ、ちょっと野暮用が入っちゃって、これだけ飲んだら帰るわ。」
「怪しいですね~」と笑っている二人に謝り、ワインを飲み干し諭吉を置いて慌てて外に飛び出した。
店は駅の北口にあったので、駅のコンコースを小走りに通り抜け南口に到着した。まだ駅前は年度末の最終日だけあって混雑していて、沙紀の姿を探しながら電話をかけようとすると後ろから背中をポンとたたかれ、振り向くと満面笑みを浮かべた沙紀が立っていた。
「みんなと付き合わなくてもよかったんですか~?」ちょっと申し訳なさげに訊ねる沙紀に「それよりここから離れよう。誰に会うか分からないから。何時までに帰るの?」と矢継ぎ早に返し、泊まっているホテルの方向に歩き始めた。
「遅くても11時かな!?」
「じゃあ泊まっているホテルに行こう!」
「いいんですか?」
「せっかくみんなを巻いたんだからさ」
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