中井淳の場合。
陽子は何かを隠している。
何かは分からないけれど醸し出す雰囲気と言葉の多さ。
杞憂ならいいのだが・・・
「ねえあなた、今日はずいぶん早かったのね。それならそうと言っといてくれればよかったのに」
「あぁそうだな、すまない。でも当然決まってな。なかなか今のプロジェクトが流動的でな」
食卓に並んだ皿に目をやりながら淳は答えた。
「そっか、そんなこともあるんだ、じゃあ仕方ないわね」
いつもの雰囲気で答える陽子。
食事を終え、リビングで寛いでいると陽子が洗い物を始めた。
ふと振り返りキッチンを見つめる。
適度に括れのある美しい姿の陽子。
淳は後ろに近づき、陽子の耳に顔を近付け「今夜久しぶりにどうだ?」と囁いた。
「今夜は・・・ごめんなさい、馴れない仕事だったから今日は疲れちゃって」
いつもなら応じる陽子が珍しく断った。
「そうか、それじゃしょうがないな」
諦めてテレビの前に戻る淳。
少しして水の流れる音が止まった。
「じゃあ私、お風呂入っちゃいますね」
タオルで手を拭くとエプロンを外し廊下に出ていった。
暫くテレビを見ていた淳の頭にある考えが浮かんだ。
足音を消し風呂場へ向かう。
ドアをそっと開ける。
脱衣所の電気は消され、浴室からの明かりでうっすらと周囲が見える。
淳は洗濯籠を見付けると静かに中味を漁った。
肌着、靴下、自分のYシャツなどの下に目当てのものを見つけた。
自分が見たことのない布地の小さく、薄い素材のパンティーとブラジャー。
淳はパンティーを抜き出すと内側を調べた。
ネットリとした白濁液が染み付いている。
まさか・・・いや、女の人は体調によってこんな事もあるのかもしれない。
淳の中に漠然とした疑念と不安が沸きだした。
そしてほんの少しの罪悪感も。
淳はパンティーを洗濯籠の中に押し込むとそっと脱衣所を出てリビングに戻った。
陽子は湯船に浸かり温まっていると脱衣所から布の擦れる音が微かに聞こえた。
ドアの向こうが暗いため何も見えないが何かが動く気配がする。
暫くするとその気配も無くなった。
【何だろう?気のせいかな?】
頭と体を洗い、特に性器は入念に洗い上げた。
逢瀬の証拠を体から消し去ると湯船を出て脱衣所で体を拭いた。
鏡を見ると幾分自分が女を取り戻したような気持ちになった。
【この体をあの男と先生が・・・首筋・・・胸・・・】
キスをされ、男が舌を這わせた所を指でなぞってみる。
感覚が甦る。
夫以外の男に抱かれてしまった・・・
女として見られる嬉しさと罪悪感で胸が苦しくなる。
脱衣所を出るとき、洗濯籠の違和感に気付いた。
【まさか】
自分の下着を探すと脱いだときには畳んだパンティーが無造作に押し込まれていた。
【先生の精液がべっとり付いたパンティー・・・見られたかしら】
陽子はパジャマを身に付けると何事も無かったかのようにリビングに入った。
「あなたもお風呂いかが?お湯が冷めちゃう前に」
「あぁそうだな。じゃあ入ってくるか」
お互いに違和感を感じながらも平静を装った。
その日を境に陽子の色気はどんどん増していった。
淳はある決断をした。
とある木曜日、淳は会社に有給の申請をした。
しかし家はいつもと同じ時間に出た。
陽子には有給を取ったことは伝えてなかった。
家を出て暫く近所を歩き、公園のベンチで時間を潰した。
そして一時間ほどたった頃だろうか、家の方からスラッとした美しい女が歩いて来た。
【陽子だ・・・いつもと雰囲気が違うぞ】
物陰に隠れて陽子をやり過ごす。
後ろ姿からも『いい女』感が漂っている。
声をかけたい衝動を押さえつつ間隔を空けて後をつけた。
【このままだと駅に向かうのか?】
陽子は周りを気にするようでもなく駅の人混みの中に紛れて行った。
淳は見失わないように必死に陽子の後ろ姿を追った。
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