「さっきの人なんだけど・・・」
カオリさんはいつものように用意してくれていたコーヒーを運んできながら、意味ありげな表情で話し始めた。
「最近、良くあそこの家で見かけるのよね。あそこの奥さんって確か再婚で、25才くらいの若い人なの。で、ちょっと怪しい噂が。」
さっきの男の様子を見る限り、なんとなく言わんとする事は分かった。
「そうなんですね。でも自宅にあげるのって勇気いりますよね?」
「そんなこと無いわよ、現にトオルさんだって私の家に良く上がってるじゃない。」
「あっ、そうですよね。で、でも僕はそんなんじゃ。」
「こんなおばさんじゃあ、相手しないか・・・。」
「いやいやいや、そういう意味じゃ。」
ふと、見つめたカオリさんの顔が、意外にも真剣に寂しそうに見えて、思わず本音が漏れる。
「カオリさんに会うの本当に楽しみにしてるんですよ。」
「うそー。さすが営業マンは口が上手ね。」
「嘘じゃないですよ。マジで今日は朝から楽しみでしたよ。」
「お世辞でも嬉しい。」
そういうカオリさんの顔が少し柔らいだので安心した。せっかく淹れて頂いたコーヒーを飲もうと口に運びかけた、その時だった。
「じゃあ、私のこと抱いてくれる。」
あまり唐突な一言に、思わずコーヒーをこぼしかける。視線をカオリさんの方に向けると、その顔は冗談を言ってる顔ではなかった。
(これは適当にあしらうとまずいパターンかも)
仕事柄、冗談で誘ってくる奥様は多い。そういう時の対応は断る訳でもなく、乗っかる訳でもなくと心得ているつもりだった。しかし、今日のカオリさんの雰囲気は明らかに違う。少し考える時間が欲しくなり、
「真剣に言ってます?」
と、まずは真意を探るべく、質問を返した。しかし、
「もちろん。」
と即答された。ここは流れに任せておくべきか。
「許される事なら抱きたいですよ。」
この時考えられる最大限の答えだった。当然、許される事ではないという逃げ道が用意された答えだ。
「じゃあこっちに来て。」
予想外の展開に頭が混乱した。
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