(7日目後半①)
時刻は午前11時55分。
私が事務所に着いた時、大和さんはまだ事務所に着いていなかった。
私はシートを倒して、窓をほんの少し開けた。
ミーンミンミンミンミンミーン……
事務所近くの林から、みんみん蝉の鳴き声が聴こえてくる。
蝉の鳴き声は雄が雌を求める求愛行動の一つらしい。
そして、雌の交尾は生涯に一回しか出来ず、雄との交尾が終わると、役目を終えて朽果てる。
そんな蝉にまつわるエピソードを数年前に何かのテレビで見た当時、私も似たようなものかな、と思っていた。
夫と出会い、結婚して、子供を産んで、女としての役目から妻、母に変わる。
それでいいと思っていたし、むしろ、それが理想だと思っていた。
一生に一度の交尾で朽果てる蝉と同じように、一生に一度の交尾相手の子供を産んで女として朽果てることに誇りを持っていたつもりだ。
しかし、その理想は脆く崩れ、私は私の中の本当の雌と向き合っている。
そうダラダラ考えていると、大和さんの車が駐車場に到着した音が聞こえてきた。
私は窓を閉じて、シートを起こし、私の中の雌のスイッチをオンにして女の私を呼び起こした。
車のエンジンを切って降車した私は大和さんのSUVの助手席に乗った。
「こんにちは~。お昼は何食べる?」
「ごめん。ちょっと遅れちゃったね。何か食べたいものある?」
「私も着いたばっかりだったから気にしないで。食べたいものかぁ。んー。肉?かなぁ。」
「肉か。分かった!」
私が肉と言うと大和さんは車を出発させた。
大和さんの住む隣町の駅近くにあるシュラスコのお店に入り、私は鶏肉のランチプレートを注文し、大和さんも別のプレートを注文していた。
しかし、結局最後は店員さんがありとあらゆる肉を持ってきてくれて、お互いに「これ最初何のための注文だったんだろうね(笑)」と笑いあいながら肉を食べていた。
シュラスコのお店に入り、1時間半くらいたった午後2時頃、お互いにお腹もいっぱいになったところで店を出ることにした。
最初は大和さんがお金を払ってくれようとしたけれど、私が「今日くらい私に払わせて。」と伝票を奪い取って私が会計をした。
大和さんは申し訳なさそうにしていたけど、今週はほとんど大和さんにご馳走してもらっていたのだから、それくらいは当然だと思う。
会計を終えて、大和さんの車に乗り込むと、大和さんは車を郊外にあるホテルへと向けた。
私は無言で外の景色を眺めていた。
ホテルに入ると、ロビーには噴水が流れていて、いかにもお洒落な雰囲気を醸し出していた。
大和さんは、部屋のパネルの前に立つなり、一番高いスイートルームのボタンを押して、フロントで料金を支払い鍵を受け取った。
前回は部屋を私に選ばせてくれたが、今日は大和さんが私に聞く前にボタンを押していたので、大和さんなりに今日という日に懸けているんだろうな、と私は内心で考えた。
大和さんが部屋の鍵を開けて中に入ると、中は今まで入ったことのあるどの部屋よりも広く、リビングルームとベッドルームが別々に分かれた部屋だった。
リビングルームには、ちょっとした日本庭園を意識したような小さな池に架け橋がかかっており、一丁前に鹿威しまで設けられいた。
私はそれを見ながら「これ部屋の中に作る意味あるの?(笑)」と聞くと大和さんは「気分の問題だよ。」と答える。
大和さんは私に「シャワー浴びるよね?」と聞いてきたので私は「うん。」と答えながらバッグをソファーに置いて、大和さんの後に続いて脱衣場に入った。
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