(6日目前半←妻視点)
ヂィヂィヂィヂィヂィヂィヂィヂィヂィヂィ……
外でクマゼミが鳴く音で私は目覚めた。
リビングの時計を見ると、時刻は午前8時だった。
「やっば!!寝すぎ!」
リビングに敷いた布団から私は飛び起きて、メガネをかけてから、リビングのエアコンを切り部屋の窓を開けて換気をした。
そして、布団を畳んで家族全員が寝る和室に持っていく。
和室の押し入れの中にある白の収納ケースから、私は黒のキャミソールと茶色のロングスカートを取り出して、パジャマにしている灰色のワンピースから手早く着替えた。
脱いだワンピースと、今日着るTシャツを手にして洗面所へ向かい、ワンピースをドラム式の洗濯機の中へ放り投げる。
洗濯機に洗剤と柔軟剤を入れて洗濯機のスタートボタンを押した。
次に洗面台の中に収納してあるポーチとカチューシャを取り出し、メガネを外しカチューシャで髪を上げてから、洗面器の水を出して顔を洗った。
タオルで顔を拭いた後に、ポーチ内からジェル状ローションを取り出して、ローションを顔に馴染ませた。
ゆっくりと顔をマッサージしながら、私は今日の予定を頭に思い描く。
『8時に事務所に行く約束してるから、7時半には家を出ないとな。明日から家族帰ってくるから、子供のお菓子と来週のご飯のおかず買いにいかないと。後で夫に明日何時くらいに帰ってくるのか確認もしておかないと。あと、布団干して、部屋に掃除機かけて。』
二人目を妊娠した時に仕事を辞めて専業主婦になってから約6年。自分の仕事のローテーションは大体掴めていた。
カチューシャを外して、Tシャツを着てから再びメガネをかけてキッチンへ向かう。
食パンを1枚トースターの中に入れて、フライパンで目玉焼きとベーコンを焼く。
手早く作った朝食を、そのままキッチンで食べはじめ、使い終わったフライパンとお皿をシンクに置いて水につけておく。
歯磨きをしてから、和室に置いてある三組の布団をベランダに持ってあがり、布団を干していく。
そうしている間に一階から洗濯機が終わりのコールが鳴り響く。
私は、洗面所に戻り、洗濯機の中から洗い終わった洗濯物を洗濯カゴの中へいれていく。
再びベランダへ上がり、洗濯物を干していく。
私1人分の洗濯物しかないので、そこまで量が多い訳ではない。
唯一違和感があるのは下着を入れた洗濯ネットだ。
普段は一日分しか入れないのでネットの中に十分収まるのだが、登山の時に着用したスポーツブラとショーツを入れると実質6日分の量だ。
子供の洋服を入れたりするネットも使わないと流石に入りきらない量だった。
「う~ん。これじゃ風俗で働いてる人みたい。」
大学時代の友人で風俗で働いている友人がいた時に、その友人が「パンティは多めに用意して、いざって時は履き変えてる。」と聞かされたことがあった。
1人暮らしをしていた、その友人宅のベランダには角ハンガー一杯に下着が干されていたのを見た記憶もある。
私自身が溜め込んだのもいけないんだしな、と思いながら、角ハンガーに洗ったブラジャーとショーツを干していく。
ハンガー一杯に干された私の下着。
「ま、仕方ないか。別にこんなおばさんの下着盗む人なんていないだろうし。」
普段私の下着は他の洗濯物から隠すようにして干しているのだが、今日は流石に隠しきれない量だったのでとりあえず、物干し竿にこの前事務所で使った大きめのタオルや家で使ったバスタオルを干して、下着の干してある角ハンガーは物干しの後ろに目立たないようにして、干すことにした。
別に盗まれることとかを意識している訳ではない。
ただ、結婚したばかりの頃に、当時住んでいたアパートの隣人が、ベランダに干してある私の下着を写真で撮っている様子が見受けられて以来、癖でそうするようにしていた。
ベランダからパシャリという音が聞こえたり、私が出掛ける時にたまたま出くわしたりすると小声で「今日はピンクか」と私のその日着けていた下着の色を呟かれたりした。
しばらくして、その隣人が下着泥棒か何かで捕まったようで、警察がうちに被害の確認をしにきたことがあるが、実際に盗まれたことはなく、話を聞かれるのも面倒だなと思ってもいたので、特にそういった事情を警察に伝えることはしなかった。
あの当時は、干してある下着なんか見て気色悪いなぁ、程度にしか考えていなかったけれど、昨日私がした経験から、それが『おかずにされる』っていうことなんだろうな、と角ハンガー一杯に干した下着を見ながら1人納得していた。
洗濯物が干して終わり、リビングの時計を見ると、午前10時を回っていた。
リビングの窓を閉めて再びエアコンのスイッチを入れる。
私はとりあえず、夫に電話をかけることにした。
プププ、プププ、プルルルル、プルルルル
電話口で数回のコール音がして夫が電話に出た。
「もしもーし。」
「あ、パパ?私。」
「うん、どうした?」
「明日何時くらいにこっち戻ってくるのかな?と思って。」
「う~ん。夕方くらいかな。夕方には仕事終わってるんだよな?」
「んー、多分。夕飯はどうする?」
「どっか食べにいくか。」
「何食べるの?」
「う~ん。寿司かな。」
「出た出た(笑)パパすぐお寿司か焼き肉って言う(笑)」
「いいじゃんかよ(笑)とりあえず、明日帰ってから考えるべ。」
「ん。分かったー。子供達は?」
「あ、次郎がいるよ。変わる?」
「うん。お願い。」
電話口の向こうで夫が次男に電話を渡す声がした。
「もしもしー?ママー?」
「次郎?元気ー?」
「うん!明日帰るんだよね?」
「うん、そうだよ。お兄ちゃんは?」
「お兄ちゃん、今マリオしてる。」
「そっか、三郎は?」
「三ちゃんは、バアバとお菓子買いに出掛けてるよ!」
「そうなんだぁ。どう?そっちは?楽しい?」
「うん!でも、夜隣にママいないの寂しいかな。」
私の心にズシリと響く次男の言葉。
ゴメンね。
と心の中で呟く。
今のママは、皆の知ってるママじゃないの。
快楽に身を任せるだけの女なの。
そう思うと涙が出そうになる。
「じゃあ、パパに電話戻してもらえる?」
「うん、分かった!はい!パパ!」
再び夫が電話に出た。
「もしもーし。」
「子供達元気そうね。安心した。」
「そうだな、一郎も三郎も元気だよ。」
「うん。ねぇ、パパ……もし明日…」
「ん?」
「あ、やっぱなんでもない!」
「何?何か買ってきてほしいものでもある?」
「ううん、何でもなかった!気にしないで。」
「そう言われて気にしないとかないだろ(笑)」
「いや、夕飯どうしようか迷ってただけだから(笑)」
「あ、そうなのか。夕飯いらないなら早めにLINEしてくれよ。」
「うん、分かった!じゃあ。」
「ういお~。」
こうして夫との電話を切った。
言えなかった、聞けなかった。
『もし明日、私が帰って来なかったら、どうする?』
なんて。
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