(エピローグ②←大和さん視点)
Yの唇が私の唇から離れていく。
Yは、バッグのポーチから指輪を取り出し、左手の薬指にはめると、バッグから封筒を出し、私に差し出した。
『退職願』
と書かれた封筒だった。
私は、突然のことに驚きを隠せずYを見る。
Yは真剣な眼差しで
「約一年半の間お世話になりました。本日をもってお仕事を退職させていただきます。」
と言った。
私はつい
「え?突然退職なんて言われても困るんだけどな。」
と言ったところ、Yは
「中に退職願いの書類と手紙が入ってますので、それを読んで私の気持ちも理解して下さい。」
と言った。
私は、Yの今までにない真剣な眼差しに気圧されて
「分かった。後で読ませてもらいます。」
と言うと、Yは
「お願いします。突然でご迷惑をおかけしましたので今月のお給料は結構です。今まで本当にありがとうございました。」
と言って車から降りて、自分の軽自動車に乗って事務所を後にした。
私は事務所に入り退職願と書かれた封筒を開く。
中から出てきたのは二枚の紙だった。
一枚目には
「この度、一身上の都合により、勝手ながら退職いたしたく、ここにお願い申し上げます。」
という文面の後に、Yの署名と印鑑、そして今日の日付が書かれていた。
二枚目の紙は私に宛てた手紙だった。
大和様へ
この度の突然の退職の申し出、本当に申し訳ありません。
ただ、今回退職に至った理由についてお手紙に記させていただきます。
まず、この1週間は私にとって、人生の価値観の変わる1週間だったことは間違いありません。
1人の女として大和さんと交わした愛は嘘でもありません。
大和さんとは、私なりに本気で向き合ってきました。
そんな中で、私は女として何にも代えがたいことも経験出来ました。
ただ、これ以上は私には大和さんの気持ちに応えることは出来ません。
私には、かけがえのない大切な三人の子供達と、私を愛してくれる主人がいます。
一時の感情で、これを失うことは私には出来ません。
身勝手なことを言っているのは分かっています。
ただ、女の私を優先するあまり、失うわけにはいかないものが失われることだけは私には出来ませんし、それを失ったら女の私も失うことと同じになってしまいます。
だから、私は1週間という短い期間、拙いながらも、精一杯女として大和さんとお付き合いをさせていただきました。
それは今日でおしまいにします。
私は、これ以上踏み込んで失くしてはならないものを失くさないために、妻と母親として家庭に帰ります。
どうか、私のことは忘れて、大和さんは私なんかよりも良い女性を見つけて幸せになって下さい。
1週間という短い期間でしたが、私にとって大きな1週間をありがとうございました。
どうか、お体には気を付けてお過ごし下さい。
さようなら。
と書かれていた。
私は、この手紙を見て、Yをこれ以上引き留めるのは無理だと確信した。
これ以上はYを苦しめるだけだし、そんなYを見たくもなかった。
何より、傷つけてしまうのが自分になってしまうことも受け入れがたいことだった。
私はYの気持ちを尊重するたも、手紙をシュレッダーし、YにLINEを入れた。
「今まで本当にありがとうございました。給料は気にしないで下さい。口座にきちんと振り込ませていただきます。これ以上Yさんを傷つける訳にはいかないので、退職を認めます。お疲れ様でした。」
Yからは、すぐに返信が来た。
「勝手なことばかり言って申し訳ありません。ありがとうございました。」
Yから、そのLINEを受け取り、私はYのLINEに関するデータを全て削除した。
それがYという女性との永遠の別れを意味していた。
カナカナカナカナカナカナ
ひぐらしの鳴き声が私の心に長く響いていた。
~Fin~
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