夜の遊園地
少し前の話です。
ちょっとリッチな年上のお友達がいました。
あ、誤解しないでくださいね。リアルな意味でのセックスフレンドではありません。彼は持病があって、女性を抱くことはできない身体でした。でも私の小説を気に入ってくれて、新作が書き上がると飲みに連れていってくれて、作品の批評をしてくれる人でした。
私は普段、若い方とデートするのが好きなのですが、彼との会話は刺激的で、お酒を飲んで色々話すのは楽しかったので、お誘いがあると会っていたんです。
その日は私の誕生日を祝ってくれるというので、シティホテルの最上階のラウンジで乾杯してました。
夫には、職員旅行と偽って外出しています。
今日は帰らなくてもいい。。。その余裕がいつも以上に私を緩ませていました。
二人でボトルのワインを一本あけた頃でしょうか。彼が私にこう言いました。
「お誕生日おめでとう。仕事に家庭に作品の執筆に、玲子さんは、いつも頑張ってるから今日は特別にプレゼントがあるんだ。」
「この席が十分プレゼントでしょう?お料理もお酒も美味しかったです。ご馳走さまでした。」
「いや、これだけじゃないさ。今日は急がなくてもいいんだろう?玲子さんを楽しい場所に招待するよ。」
「楽しい、場所。。。?」
「う~ん、簡単に言うと、夜の遊園地みたいなところかな。」
「夜の遊園地?なぁに、それ。今からディズニーシーでも連れていってくれるの?」
彼は微笑みを浮かべ、首を横に振ると、チケットのようなものをテーブルの上に置きました。
私はそれを手に取ると、印刷された文字に目をやります。
「大人のアリス達へ
ワンダーランドへようこそ。 アリス倶楽部」
私は吹き出してしまいました。
「ずいぶんなコピーね、これ。ホストクラブか何か?」
「違うよ。もっと楽しい大人のアミューズメントパークだ。きっと玲子さん、気に入るよ。さぁ、夜は短い。行こう。」
私は彼に促され、席を立ちました。
ホテルに待機しているタクシーに乗り、彼が行き先を告げます。20分ほど乗っていたでしょうか。私の全く知らない場所にタクシーは止まりました。
一見すると、そこは単なるビルのように見えました。エレベーターに乗ると、彼は地下2Fのボタンを押します。
エレベーターから降りて、目を見張ります。
そこにはビルの外観からは想像もつかない、重厚なドアがありました。
彼がコツコツと扉についた金具を叩くと、中から、執事のような格好をした男性が私達を迎えいれます。中は本当に、テーマパークの洞窟を模したような不思議な空間になっていました。
「三枝様。お待ちしておりました。こちらが今日のアリス様ですね。」
いい年をして、アリス様、などと呼ばれることに抵抗がなかったとは言えません。でも、この不思議な空間の中にあって、少し舞い上がっていたのも事実です。
「三枝様はどうぞこちらへ。お席を設けております。」
彼は別のスタッフに連れて行かれようとしています。
「えっ?貴方は一緒じゃないの?」
私は思わず彼に言いました。彼は私に
「楽しんでおいで。」と言って行ってしまいます。
残された私に、さっきの執事風の男性が話を続けます。
「アリス様。こちらの施設のご説明をさせていただきます。当倶楽部は、大人の女性に楽しんでいただくことを第一に考えております。
リラックスしていただくために、最初にアリスのバスルームにご案内します。その後、お好きな衣装をお召しください。日帰り温泉などで、浴衣を自由に選ぶサービスがございますよね。そんなイメージと思ってください。」
「はい。。。」
訳がわからないまま、私は返事をしてしまいます。
「その後、こちらのパスポートの順にお部屋を回っていただきます。その都度、スタッフがご案内しますので、ご心配はいりません。」
私はその「パスポート」を覗き込みました。そこには
アリスのティーカップ
アリスの馬車
アリスのトイ・ルーム
鏡の国のアリス
アリスのメリーゴーランド
と書かれています。
その時は、なるほど確かに遊園地ね、という感想しかもちませんでした。
それが長い長い夜の始まりだったとは、思いもしなかったのです。。
(続)
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