【第4話 種蒔きと収穫】
順調に帰路をドライブしてた頃、奈美宅では洗濯機が掛けられようとしていた。
夏物の衣類も洗っちゃおうと3、4枚のトップスを抱えて洗濯機に投げ込もうとする。
その内の青色シャツだけが床に落ちた。
「あんっ、もうー」
拾い上げた手を咄嗟に止めた。
「‥‥あれっ?」
気付いた異変は生地に付着した白い染み。
爽やかな青色は余計にそれを目立たせる。
奈美の目がそこにフォーカスした。
それは染みというより少し濁った感じのヨーグルト状の塊。
「何かしら?‥‥古い洗剤の残り?」
指に掬い鼻に近付ける。
「えっ、何これ?変な匂い!」
つんっとした刺激臭が鼻腔に抜ける。
嗅いだこと有るような無いような、ここ最近では知らない匂いだった。
キョトンとしながらも親指と人差し指でそれを塗り拡げる。
脳が今までの経験値からその正体を探る。
「‥‥‥‥やだっ!これってもしかして?」
独特な匂いとぬるっとした感触から、ある漢字2文字が浮かぶ。
(男の人の‥‥精‥‥液)
なんでこんなとこに、なんで床に‥‥頭が混乱する。
しかし時系列を辿れば犯人の目星は容易についた。
今思えば勅使河原さんの動揺した態度とぎこちない会話、それにこの粘液‥‥‥‥点と線がつながった。
(う、うそ!あの人が‥‥そんな)
驚愕し絶句するも、徐々に冷静になっていく自分に驚いた。
再確認のため室内の明かりをつける。
点々と床に付着したそれは半透明になり、洗濯機本体にも媚びり付いていた。
場面は20分前にフラッシュバックする。
奥さんのショーツに全てをぶちまけた筈の種汁は、余りの射精の勢いで周囲に蒔かれてた。
濃厚さ故、留めていた原形。
これが残りモノとするならば、じゃあ本体はどこに‥‥必然的に注目してしまう洗濯機の中。
(ま、まさかよね?)
水が1/3程度まで貯められた水槽に漂うブラウスと底に沈んだ下着。
水を抜いてから恐る恐る取り出してみる。
ブラウスを後回しにして、まずはブラから確かめる‥‥何も着いてない。
そしてショーツを手にする。
痕跡はないと信じたい‥‥
速乾性の高いポリエステル製のショーツ。
水分染みがみるみる薄れていく。
後を追う様に現れた染みはショーツの純白色とは違う明らかな異彩を放っていた。
知らない所で間接的に奈美さんを裏切っていた。
まだ信じられない奈美は、一旦息を吐いてから
拡がった染みを大きく吸った。
さっきインプットした勅使河原の体液。
研ぎ澄まされた嗅覚は同じ匂いを捕らえてしまった。
確定した疑わしき犯人。
(あぁ、私の下着でオナニーしてたなんて‥‥)
何故か、気持ち悪いとか怒りとかそんな感情は一切沸かなかった。
実は勅使河原の事は前から気になっていた。
胸の内の何処かにいつもいる存在。
仕事真面目なとこ、ヤケドから救ってくれた気遣い‥‥人妻という立場から"好き"の一言を封印していた。
後に解る今の夫婦関係も奈美を迷わせていた。
そして今回の出来事。
行動こそ異常だが私に想いを寄せている紛れもない証拠。
その歪んだ愛情表現、歪んでいるからこそ彼の強い想いを感じていた。
何処にでもある平凡な人間関係はお客様と業者の単なる間柄、だが勅使河原を男として受け入れてしまった瞬間だった。
指に残る彼の忘れ物を再び嗅ぎ嗜む。
今は愛しささえ感じる彼のエキス。
高揚していく身体と紅葉していく顔。
想像する夫以外のモノ、妄想する勅使河原との交わり。
(やだっ、私ったら何を‥‥)
人妻への禁断愛を思い誤った形で表現してしまった行為は、布石の種蒔きとなり‥‥‥‥やがて実を結ぶ。
※元投稿はこちら >>