「今まで、連絡しなくてゴメン。心配かけたよね。明日か、明後日、会えませんか?」
私は混乱しながらも、冷静になろうと努める。
まずは、やるべきことをしなくては。
「塾長。お世話になりました。約束通り、あの録画を消してください。」
洋服の乱れを直し、仕事用の顔に戻って松本に要求する。
松本は複雑な表情を浮かべながら、私の目の前で、あの日のビデオ録画を消去していく。
「これでいいですね?西崎チューター。」
私は黙って頷く。
「この2ヶ月、楽しかったですよ。終わってしまうのが残念だ。」
「塾長とのお約束は、全て果たしましたので。てはこれで失礼します。」
松本が右手を差し出す。
別れの握手かと思い、私も右手を出して彼の手を軽く握る。途端にそのままその手を引っ張られて抱きすくめられる。
顔を上向きにされて、激しく唇を奪われるが、タクマのメールが気になる私の心は、もうこの部屋には、ない。
未練がましい松本の視線を振り切って、私は塾長室から出て、スマホを開く。
「タクマ君、わかった。明日、会いましょう。」
「俺、明日は1日家に居るんで、何時でも都合のいい時間、うちに来てくれますか?」
「OK。明日は早番だから、6時ころ。」
ラインで色々問い詰めるのは良くないと思い、それだけやり取りして仕事に戻る。
翌日、タクマと会うことで頭が一杯になりつつも、何とか通常業務をこなし、彼のアパートに向かう。
私がそこに着いた時、ドアが開けっ放しになっていたので、ひょいと中を覗く。玄関口は段ボールが一杯積まれていて、少しの隙間しかない。
「タクマ君!?」
隙間から、中に声をかけてみる。
「チューター。。。来てくれたんですね。ちょっと待ってください、これ、どかしますんで。」
作業中だったのか、額にうっすら汗をかいたタクマが段ボールをずらし、中に入れるようにしてくれる。
部屋に入ると、荷物はほぼ片付いており、数個の段ボールが置かれているだけのガランとした空間になっていた。
「すんません。椅子も、もうなくて。その辺に座ってください。」
私がフローリングの床に直接座ると、タクマも私に向かい合うように胡座をかく。
「タクマ君。。。」
何から聞いてよいか、戸惑う私を軽く手で制してタクマが話し出す。
「ご覧の通りなんですけど......、俺、田舎に帰ります。」
やはりそうなのか。W大の入試に失敗したタクマは、もう東京に居る意味はないのだろう。
つまり、今日が本当のお別れという訳だ。私は軽く目を閉じて、別れの言葉を聞く覚悟を決める。
「そんで、俺。。。国立、受かりました。後期選抜で、やっと。」
「えっ?え~~!!!」
目を見開く。
タクマが照れくさそうに微笑んでいる。
その顔を見て、私は何故か涙が溢れてくる。
安堵と怒りが混ざったような複雑な感情がこみ上げ、タクマの胸を拳で叩く。
「なんで、すぐ知らせてくれなかったのよぉ!!心配したんだから。全滅で田舎帰っちゃうのかと思って、どう慰めたらいいかって、そればっかり。。。」
「ご、ごめんなさい。。直接言って、喜ばせたくて。」
「引っ張りすぎ!!もうっ!うぇ~~ん。」
年甲斐もなく、涙を流し続ける私をタクマがぎゅっと抱き締める。
「ごめん、本当に。W大落ちた時、一番最初に思い浮かんだのが、これで玲子さんと出来ない......ってこと。ダメだよね、俺。それで、国立の受験まで俺なりに自分を追い込んだんだ。結果を出すまで玲子さんと連絡取らないって。。」
なんて勝手な理屈なんだ。そのせいで、こちらはどれだけハラハラさせられたか。
でも、タクマの腕に抱かれていると、そんなことはもうどうでも良くなってくる。
「それで。。。玲子さん。俺、田舎帰っちゃうし、約束したW大じゃ、ないんだけど。。」
その先は、言わせない。
私はタクマの唇に、自分の唇を押し付ける。
タクマの腕に力がこもり、二人でもつれるように床に転がる。
貪るように口づけしながら、タクマは私の身体を撫でまわす。。。
(続)
※元投稿はこちら >>