「ほらよ、注文のウーロン茶だ!」純也はそう言うと僕の前のテーブルにグラスに入ったウーロン茶を置いた。「ウーロン茶しかないんだろう?注文云々の問題じゃないだろう」僕がそう言うと純也は笑いながらテーブルを挟んで向かうように座った。
「ところで、純也はどこ受けるんだ?帝都大学って冗談だろう?」帝都大学と言えば小学生でも知っている。大学と云う最高学府の中でも頂点に君臨している大学である。末は政治家か官僚か…一段下がっても大企業の社長さんか…
常々、純也からは話を聞いていたが冗談と思い聞き流していたくらいだ。グラスのウーロン茶を一口飲むとテーブルに置き、僕の顔を見た。「俺は帝大以外は受けない。」「帝大一本か?保険は?」僕が言う保険は所謂滑り止めである。「そんなものは考えていない」開口した口が塞がらなくなっていた。自分などは何処か田舎の国立大にでも受かったら儲けもの、もしかに備えて二流、三流の私大でもと考えていた。
「まっ、お前なら可能かもな…」これ以上の激励の言葉が思い付かない。
時計は17時を指していた。玄関前で車の音が聞こえたかと思うとエンジン音が止まった。ドアの閉まる音に続き玄関のドアが開いた。
「ただいま…」純也のお母さんだろう。
「あら?圭佑君!来ていたの?じゃ、
何か買ってくればよかったわね。ケーキあるけど食べる?」僕は昔から甘いものが苦手であった。原因は分かっている。子供の頃から、祖父に羊羮と言うものをよく食べさせられていた。羊羮は祖父の好物でもあったからだ。
「いや…僕は甘いものはちょっと…」申し訳なさそうに純也のお母さんに頭を下げた。
「圭佑君は甘いものが苦手なんだ?おばさんは大好きなのよ」そう言うと何処からともなくスナック菓子を出してくれた。
「今日も二人の勉強会なの?」純也のお母さんも心得ているようだ。無理もない、週末はいつもこのような事をしているのだから。
いつ頃からだろう、純也の自宅へと来るのを心待になったのは…純也のお母さんの前ではなかなか言葉が出てこない。
「でも、圭佑君…ありがとうね。純也のお友だちになってくれて…。この子ったら、小さい頃から家の中で本ばかり読んでいて外で遊ぶ事がなかったの。それで、お友達とかもいなくて。」おばさんは僕と純也の間に座ると昔話のように話始めた。「純也とは話があいますから…勉強も教えてもらってます。」甘い香水の漂う中でおばさんとは目線を合わせることもなく話を進めた。
急に鳴り響く携帯の音が場の雰囲気を変えた。おばさんはバッグから携帯を取り出すと耳元に当てていた。「もしもし…ええ、そうよ。どうかしたの?」おばさんは大手の百貨店に勤めていると聞いていた。おそらく店からの電話だろう。僕は英語のテキストを開くと自署を引きながらワヤクヲしていた。「えっ、納品が間に合わない?どう云うこと?うん、うん…要するに一日づつずれるってことね。わかったわ。もうお客様への招待状はだしてあるから日程の変更は効かないから。なんとかするわ。」そう言うと電話を切り、再び形体を掛けていた。「あっ、支店長ですか?西田です。実は、例の展示会の件で…ええ、和服の展示会の件です。先方で遅れが生じて一括での展示はむりだそうです。ええ、分かっています。そこで一案ですが、一日の展示会を三日間にしたらどうでしょう?はい、一日遅れで入って来るそうです。新しく入った物を前に展示して前日の物は後ろにさげてといった感じで三日間しのげば…お客様の来店回数も増えるのではないかと…ええ、分かりました。では、そのように…はい、失礼します。」そう言うとおばさんは電話を切った。出来る女性と云うか、キャリアウーマンと云うか…いつしか僕の中でおばさんに憧れを感じていた。
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