屋敷の居間には、家主の庄吉を筆頭に、隠居の爺婆と一人娘の妙子、そして嫁の千鶴子が皆揃っていた。
座敷に上がった行商の男は一同を見回すと、頭に巻いた手ぬぐいを取り、面目なさそうに頭を下げた。
『あっし、旅商いの勘兵衛と申します。初めての土地で宿探しばしておりましたらすっかり日が暮れてしもうて。なんとも恩に着りますだ』
『なぁに、困ったときはお互い様でしょうに。気にせんと一晩と言わず何晩でも泊まっていってくだされ。ささ、そんなとこさ突っ立ってねぇでこっちさ座って一緒に飯でも食わんせ』
そう言って庄吉は勘兵衛を自分のほうへと手招く。
『これはこれは、かたじけない。そんでは遠慮なく』
重い籠箱を部屋の隅に置き、庄吉の隣へと座る勘兵衛。
体格の良い庄吉に比べ、やや小柄な勘兵衛であったが、着物の裾から出たふくらはぎはまさに厳つい筋肉の塊であった。
『いやぁ流石は行商さん、ずいぶんと立派な脚ばしとるのぉ!』
庄助が勘兵衛の脚をポンポンと叩きそれを褒めた。
『なぁに、朝から晩まで竹籠担いで歩いとるだけで中身は能無し、ただの木偶の坊でやんす』
『勘兵衛殿は戯け話も上手じゃのぉ、さぁて、今夜は宴にすっど、ガハハハハハ』
彼の気さくな人柄に皆心を許し、客人として温かく迎えられる勘兵衛であった。
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