暑さも和らぎはじめた秋彼岸の夕暮れどき。
とある屋敷の玄関先にひとりの男が立っている。
齢は四十過ぎと見える。
たいそう大きな籠箱を背負っているところをみると、男は行商のようである。
『ごめんくだせぇ、だれかおりませぬかぁ』
「はーい、ただいま」
屋敷の中から女の声がしてすぐ玄関の引き戸が開いた。
出てきたのは齢四十手前の女。
この家の嫁御、千鶴子である。
「...どちらさんですかぇ?」
『あの西の山ば越えて来た行商のもんで』
「それはそれはなんとまぁご苦労なこと」
『お願ぇです、今晩の夜風しのぎにこの軒下をお借りできんでしょうか?』
『おーい、どうした千鶴子、客人かぇ?』
屋敷の奥からこの家の亭主、庄吉の声。
「行商の人よぉ、今晩うちさ泊めて欲しいんですってぇ」
千鶴子が声高に答えると、すぐに庄吉が返す。
『おぉ構わん構わん、上がってもらいんさい』
「さ、うちの人もああ言ってますんで、どうぞお上がりください」
行商の男は深々と一礼し、千鶴子の後についていそいそと屋敷の中へと入っていった。
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